2026年7月2日木曜日

格差拡大 公共政策 教育の重要性

 


                           日本経済新聞 2026.6.25


 こうしてみると、それも並べてみてみると1980年代の政治・政治家のやった(始めた)ことは後々影響が大きかったんだなぁと、再認識します。

 教育の重要性も。

 今××がやっていることの結果が、すでに出ているのになぜ今更 という思いです。

 それが経済的プラスマイナスとは別の尺度で動いている原発とも共通してくる“政治”というものなんでしょうね。

バブルの条件

 


                      日本経済新聞 22026.6.27

2026年6月30日火曜日

国立映画アーカイブも存続の危機!!

 


日本経済新聞 2026.6.30

 無いわけじゃないんだから選択の問題なんですけどね。口先だけ ポーズでも文化国家と言っているならば恥ずかしい限りだと思いますけどねぇ。 
 国立劇場のこともそうですし、各地の博物館もそうですし、次の世代に何を残そうというのでしょうか!
 独立採算制 効率とか そういう対象じゃないでしょ。 もうクラウドファンディングしかないところまで追いつめられてなんてひどい現状だと思います。  
 ちゃんと必要な資金が保証されたうえでならばと思います。
 それでも、寄付の文化が弱い日本でクラウドファンディングでなら必要な資金が集まることもあるのは感謝すべきことではあると思いますが。


2026年6月16日火曜日

二人でお出かけ久しぶりの観劇「みらい楽器ラボ」


 久しぶりの劇場観劇、今夜は「みらい楽器ラボ」です。
 母親が所用で来れなく父親と息子の二人だけできました。
 すでに開演を待っている人、それに昼間のバザーというかお祭りから参加している人もいたのでしょう。到着したときの会場のにぎやかさに気遅れ気味の息子。私もどちらかというと乗り損なうとなかなか入っていけない方なので強いことが言えません。名前を呼んでくれるお友達もいたのですが、父のもとを離れません。
 開演時間になり席に着いてからも父の懐から離れられません。何を言っているかと耳を寄せれば「おうちに帰りたい」と言っているではありませんか 困った! 「そういうことを言うとこうなるんだよ」と半分本気半分冗談で席を立とうか とも思いましたがここで帰ったら嫌な思いしか残らないと私としても我慢我慢。
 ところが! 公演が始まると、まず顔半分片目からソウさんの方を向き始め両目が向き身体全体が向いて手拍子まで初めて引き込まれています。
 次々紹介される“楽器”のレベルはいずれも こんな廃品でこんなものも作れるんですよ・手作り楽器(玩具)ではなく、まさに創作楽器。  それを身近なそれも普段ならリサイクルに出す品々で再現してしまうところがすごいと思いました。 あっ これはあの国の楽器から来ているなとというものも確かにありましたが、それを“廃品”できれいにレベルを上げつつ楽器にしているところが素晴らしいと思いました。  廃品というよりいろんなパーツを活用して自分の会場規模に合わせた楽器を作ったというところでしょうか。 演奏技術ももちろん十分。話し方も必要以上に捻る事なく、聞きやすくわかりやすく楽しめました。
  
 廃品を使ってということでは山口ともさんのコンサートを思い出します。 えーッ!とかあーッ!と声が出て盛り上がる会場で楽しませてもらいました。 こちらはほんと廃品の再利用。 もっと演奏自体でももっとできる技術のある方なんだけど、公演スタイルとしては奇抜で面白可笑しくということでした。

 新しいとか古いとかではなく考え方選択の違いだと思いますが、“廃品”のイメージ“廃品”を使ってということでの発想やスタイルが、山口さんのようなのがあったからこそのソウさんの公演かなと思います。

 二人での思い出が一つ加わりました


2026年6月3日水曜日

改めて感じる 神様の恵みはすでに充ちている

  こちらもすっかりご無沙汰ですが身体が痛い痛いと言いながら元気にやってました。先日のEメールの編集したものを載せました。 神様の恵みはすでに充ちている というエピソードです。


 ご無沙汰しています。 Mの誕生日には想いのこもったカードを頂きありがとうございます。週報を送っていただく時のコメントにはいつも感謝しています。

以下近況を少々。

 Mはこの春から年中組(どんぐり組)に進級しました。顔つき身体つきはすっかりお兄ちゃんに変わりましたが、まだ今の所は隣に来たり座っている足の上に乗ってきたりしています。 

 Jは、勤めていたデイサービスが昨年12月に突然の事業停止で無職になった後の時間を「介護福祉士試験の勉強ができる」と良い方にとって一生懸命でした。 仕事の方は、幸い2月から別のデイサービスに勤めています。前はやっていなかった送迎なども担当するようになり気を遣うようですが、仕事でも人間関係でも感謝する毎日です。 

 私のN校勤務は2年目になりました。1年働いてわかってきたとはいえ、~、身体は楽とは言えない毎日ですが新しい事に触れる楽しさに感謝の日々です。「大変なのは仕事ではなく人間関係」という点でも今の職場は恵まれています。 難点は、毎月の勤務日数に上限があり、お休みの月がある つまりその月は無収入という事。勤務の無い3か月は国民健康保険に入らなければいけませんがこれがまた高い。 子どもの服も靴もすぐに小さくなり買い替えなくてはいけません。去年の物(いやもっと前)の物でも着ることができる大人とは全く違います。 

  そんな2025年でしたから、クリスマスを前にして、私はちょうど無収入の月が続き、予期していなかったJの失業も重なり、この先どうやりくりしたものか、そもそもやりくりできるのか・・・、きつく苦しい毎日でした。思い悩むなと言われても思い悩む毎日、情けない。  わかっています神様は決して「負えない重荷を負わせない」方だと。 でも、神様が時々仕掛けてくる事にどうしても思い悩んでしまう私です。

  そんな気持ちの毎日を過ごしいよいよクリスマスというある日大きなギフトを頂いたのです。 正確に言うならば頂いていたことに気づいた、というべきでしょうか。

 神様のお考えで、最愛のマイハーフを与えられ子どもに恵まれ、仕事もある。家事炊事の段取り、やりくりで頭を使うから認知症にならない(?)でいられるのかもしれません。2人と同じものを食べていますから栄養不足も防げています。

 一人だったらしない苦労かな?と思ったことがなかったとは言いません。でも同時に思うのです、いろいろあって大変だけれども、もし一人だったらつまらない毎日だっただろう。 食べるものも食べないで、つまらない毎日を繰り返して早くに亡くなってしまっていたのではないかなぁと。 だから感謝しています。

 

 私の母教会の礼拝をずっとお休みしてしまっています。きっかけは、故国を離れ心細い思いをしているJのためにというはずだったのですが、今思い起こすとこれも神様のお導きでした。JesusChristOurBanner(JCOB)という、フィリピンから日本に来ている人たちが多く集う礼拝に出席しています。

 JCOBの礼拝は感謝々々の礼拝です。 私は言葉が十分にわからない分良く聞こうとし、みんなの感謝する姿に大切なものを改めて気づかせてもらう礼拝です。 

どちらのスタイルがという事ではないのですが、色々に難しく考えすぎていた私に「もっとシンプルに、嬉しいとか楽しいとか感謝だけも有りだよ。」と気づかせてもらっている礼拝です。

 始まりの讃美歌の時間。終わりの讃美歌の時間も、楽しく元気が出ます。

  今年の3月、そのJCOBの週報に「神様の恵みはすでに充ちているという事を思い起こす」エピソードを見つけました。 

『サラという一人の婦人が牧師からの急な頼まれごと「家を失った人への届け物」に、自分の予定を変更してでもと思って引き受けるものの、行先が随分遠い所で思わず「神よ、ガソリン代がかかりすぎます。」と言ってしまうのです。すると「君の必要をずっと賄ってきたでしょ?」と精霊がささやかれたかに感じ「そうでした。赦してください。」と祈り出かけたというのです。』 そうして出かけた先の若い夫婦には赤ちゃんがいて、その赤ちゃんを抱っこさせてもらうのです。『帰り道「こんなにシンプルで、こんなに幸せな気分になる奉仕をくださった。」』と神に感謝する、というお話でした。 沁みました。

 自分の都合を先に思ってしまうときでも、そのもっともっと前から神様がすでにすべてを賄ってくれている、すでに神様の愛で充たされていたことに気づかせてもらえた、感謝というお話。

2026年1月5日月曜日

2026年の干支 午 のデータ

 

           しんぶん赤旗 2026年1月1日


ふぅーん そうなんですね   お正月に そう何年ぶりでしょう合った“家族”

に同じ干支がいました。  頑張らなくっちゃ。

 新年あけましておめでとうございます。 今年もこれまでに以上にお世話になります。

自分としては精いっぱい頑張っているつもりです。 よろしくお願いします。