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2026年6月16日火曜日

二人でお出かけ久しぶりの観劇「みらい楽器ラボ」


 久しぶりの劇場観劇、今夜は「みらい楽器ラボ」です。
 母親が所用で来れなく父親と息子の二人だけできました。
 すでに開演を待っている人、それに昼間のバザーというかお祭りから参加している人もいたのでしょう。到着したときの会場のにぎやかさに気遅れ気味の息子。私もどちらかというと乗り損なうとなかなか入っていけない方なので強いことが言えません。名前を呼んでくれるお友達もいたのですが、父のもとを離れません。
 開演時間になり席に着いてからも父の懐から離れられません。何を言っているかと耳を寄せれば「おうちに帰りたい」と言っているではありませんか 困った! 「そういうことを言うとこうなるんだよ」と半分本気半分冗談で席を立とうか とも思いましたがここで帰ったら嫌な思いしか残らないと私としても我慢我慢。
 ところが! 公演が始まると、まず顔半分片目からソウさんの方を向き始め両目が向き身体全体が向いて手拍子まで初めて引き込まれています。
 次々紹介される“楽器”のレベルはいずれも こんな廃品でこんなものも作れるんですよ・手作り楽器(玩具)ではなく、まさに創作楽器。  それを身近なそれも普段ならリサイクルに出す品々で再現してしまうところがすごいと思いました。 あっ これはあの国の楽器から来ているなとというものも確かにありましたが、それを“廃品”できれいにレベルを上げつつ楽器にしているところが素晴らしいと思いました。  廃品というよりいろんなパーツを活用して自分の会場規模に合わせた楽器を作ったというところでしょうか。 演奏技術ももちろん十分。話し方も必要以上に捻る事なく、聞きやすくわかりやすく楽しめました。
  
 廃品を使ってということでは山口ともさんのコンサートを思い出します。 えーッ!とかあーッ!と声が出て盛り上がる会場で楽しませてもらいました。 こちらはほんと廃品の再利用。 もっと演奏自体でももっとできる技術のある方なんだけど、公演スタイルとしては奇抜で面白可笑しくということでした。

 新しいとか古いとかではなく考え方選択の違いだと思いますが、“廃品”のイメージ“廃品”を使ってということでの発想やスタイルが、山口さんのようなのがあったからこそのソウさんの公演かなと思います。

 二人での思い出が一つ加わりました


2026年6月3日水曜日

改めて感じる 神様の恵みはすでに充ちている

  こちらもすっかりご無沙汰ですが身体が痛い痛いと言いながら元気にやってました。先日のEメールの編集したものを載せました。 神様の恵みはすでに充ちている というエピソードです。


 ご無沙汰しています。 Mの誕生日には想いのこもったカードを頂きありがとうございます。週報を送っていただく時のコメントにはいつも感謝しています。

以下近況を少々。

 Mはこの春から年中組(どんぐり組)に進級しました。顔つき身体つきはすっかりお兄ちゃんに変わりましたが、まだ今の所は隣に来たり座っている足の上に乗ってきたりしています。 

 Jは、勤めていたデイサービスが昨年12月に突然の事業停止で無職になった後の時間を「介護福祉士試験の勉強ができる」と良い方にとって一生懸命でした。 仕事の方は、幸い2月から別のデイサービスに勤めています。前はやっていなかった送迎なども担当するようになり気を遣うようですが、仕事でも人間関係でも感謝する毎日です。 

 私のN校勤務は2年目になりました。1年働いてわかってきたとはいえ、~、身体は楽とは言えない毎日ですが新しい事に触れる楽しさに感謝の日々です。「大変なのは仕事ではなく人間関係」という点でも今の職場は恵まれています。 難点は、毎月の勤務日数に上限があり、お休みの月がある つまりその月は無収入という事。勤務の無い3か月は国民健康保険に入らなければいけませんがこれがまた高い。 子どもの服も靴もすぐに小さくなり買い替えなくてはいけません。去年の物(いやもっと前)の物でも着ることができる大人とは全く違います。 

  そんな2025年でしたから、クリスマスを前にして、私はちょうど無収入の月が続き、予期していなかったJの失業も重なり、この先どうやりくりしたものか、そもそもやりくりできるのか・・・、きつく苦しい毎日でした。思い悩むなと言われても思い悩む毎日、情けない。  わかっています神様は決して「負えない重荷を負わせない」方だと。 でも、神様が時々仕掛けてくる事にどうしても思い悩んでしまう私です。

  そんな気持ちの毎日を過ごしいよいよクリスマスというある日大きなギフトを頂いたのです。 正確に言うならば頂いていたことに気づいた、というべきでしょうか。

 神様のお考えで、最愛のマイハーフを与えられ子どもに恵まれ、仕事もある。家事炊事の段取り、やりくりで頭を使うから認知症にならない(?)でいられるのかもしれません。2人と同じものを食べていますから栄養不足も防げています。

 一人だったらしない苦労かな?と思ったことがなかったとは言いません。でも同時に思うのです、いろいろあって大変だけれども、もし一人だったらつまらない毎日だっただろう。 食べるものも食べないで、つまらない毎日を繰り返して早くに亡くなってしまっていたのではないかなぁと。 だから感謝しています。

 

 私の母教会の礼拝をずっとお休みしてしまっています。きっかけは、故国を離れ心細い思いをしているJのためにというはずだったのですが、今思い起こすとこれも神様のお導きでした。JesusChristOurBanner(JCOB)という、フィリピンから日本に来ている人たちが多く集う礼拝に出席しています。

 JCOBの礼拝は感謝々々の礼拝です。 私は言葉が十分にわからない分良く聞こうとし、みんなの感謝する姿に大切なものを改めて気づかせてもらう礼拝です。 

どちらのスタイルがという事ではないのですが、色々に難しく考えすぎていた私に「もっとシンプルに、嬉しいとか楽しいとか感謝だけも有りだよ。」と気づかせてもらっている礼拝です。

 始まりの讃美歌の時間。終わりの讃美歌の時間も、楽しく元気が出ます。

  今年の3月、そのJCOBの週報に「神様の恵みはすでに充ちているという事を思い起こす」エピソードを見つけました。 

『サラという一人の婦人が牧師からの急な頼まれごと「家を失った人への届け物」に、自分の予定を変更してでもと思って引き受けるものの、行先が随分遠い所で思わず「神よ、ガソリン代がかかりすぎます。」と言ってしまうのです。すると「君の必要をずっと賄ってきたでしょ?」と精霊がささやかれたかに感じ「そうでした。赦してください。」と祈り出かけたというのです。』 そうして出かけた先の若い夫婦には赤ちゃんがいて、その赤ちゃんを抱っこさせてもらうのです。『帰り道「こんなにシンプルで、こんなに幸せな気分になる奉仕をくださった。」』と神に感謝する、というお話でした。 沁みました。

 自分の都合を先に思ってしまうときでも、そのもっともっと前から神様がすでにすべてを賄ってくれている、すでに神様の愛で充たされていたことに気づかせてもらえた、感謝というお話。

2026年1月5日月曜日

2026年の干支 午 のデータ

 

           しんぶん赤旗 2026年1月1日


ふぅーん そうなんですね   お正月に そう何年ぶりでしょう合った“家族”

に同じ干支がいました。  頑張らなくっちゃ。

 新年あけましておめでとうございます。 今年もこれまでに以上にお世話になります。

自分としては精いっぱい頑張っているつもりです。 よろしくお願いします。





2025年11月27日木曜日

原爆の落ちた国 過酷な原子力発電所事故にあっている国 こんなに地震の多い国なのに固定型原爆である原子力発電所を亡くせない国

  まぁこうなってしまうのかな。 

 少し少しではあるものの確実に変わってきています。 3・11でガラッと世界は変わりました。 だから もしかしたら という期待がなかったと言えばうそになります。 でも今の枠組み・決裁権者の人たちが変わらないままではだめだということが改めてはっきりしました。

 ここ日本において 原発 の扱いは、安全の問題 事故が起きたときの問題 正しい考え方、営利企業の商業理論じゃないんです。 それはこの度の花角新潟県知事が21日に公にした態度でも見て取れることです。


                       聖教新聞 2025年11月21日

 結局は最初にスケジュールありきで全然気にしていない、自分たちで設けた規制委員会の報告すら関係なし、不備があるとの報告の後というタイミングで、東京電力の原発維持管理能力自体が危ぶまれている時に再稼働の信を取る。ただし、責任を取らない国日本の責任者らしく県議会に。という姿勢を公にしたのです。

 またまたいつもの、先に結論ありきでしたが、見事なタイミングというかはずしというか。

 よく考えて とか事実は とか進歩は とかに関係のない動きを見せられました。

2025年11月25日火曜日

ガソリン暫定税率廃止

 ガソリン 暫定税率 廃止。ようやく車に関する税金の一つが無くなるようです。 車なしではやっていけない生活を送っています。 もう生活がそうなんです。 特に地方ではなを皿です。 以前からJAFでは車に関する税金の正常化 軽減についての提言をしていましたが、車には欠かせないガソリンの“暫定”の2重課税がようやく解消されるというわけです。

 もうずいぶん前のことになってしまいました。金沢の21世紀美術館の企画展を見に行こうとしたことが有りました。 それが、開催日程が近ずくにつれガソリンの値段がどんどん上がつて、私の行くあたりで、安いスタンドでさえ、ハイオクではありますが190円に迫るほどになってしまったことが有りました。それで泣く泣くあきらめたことがあります。 それがここ数年はずっと高止まり。 円安が大きく影響してずぅっと高いまま。日本なので暴動まではいきませんがあまりの高値安定に不満は高まるばかり。そのため支給された、補助金で変動はありましたが、170円180円は珍しくなくなりました。 じわじわ上がって170円180円が日常になってしまったんですね。 マラされてしまったわけです。 それですから、今だったら金沢行きもあきらめなかったかも。でも慣れは恐ろしいものですね。


聖教新聞
2025年11月19日



2025年11月20日木曜日

37もの家族の形

 私自身も結婚離婚を経験し、感謝することに子どもにも恵まれました。”夫婦”構成が変わり戸籍上新しいページに移ってからの子どもは再び長男長女と位置付けられるということも知りました。 振り返っても、縁あって暮した人、子どもを恵まれた人はみないい人だったと思っています。 その時のタイミング、組み合わせなんだと思います。
 それにしても、37もの家族の形ですか。 二つしか性別はないとか夫婦別姓がいまだに議論さえ不十分な社会では決して公に出て来ないレベルの話ですね。


しんぶん赤旗日曜版
2025年11月23日


2025年4月21日月曜日

仁箇堤


 いいところです。 ただ、私が初めて行った頃はすでに、ボートも朽ちて水につかり釣りをする人をまれに見かけるくらいで、訪れる人も少なく、文中にあるような賑わいはありませんでした。 近くに上堰潟と言うすごく人気の場所ができてからはその感は一層です。 私はここの周りを走る柿山の細くくねくねとした作業用の道をあちこち探索して周りをすべて走りいろいろな姿を目にしました。 その際に見つけた近道を今でも時々通ります。


 

2025年4月17日木曜日

脳死臓器提供1000件到達 2024年10月28日日本臓器移植ネットワーク発表 2

  申し訳ない。 駄目ですねぇ。スキャナーの読み取りサイズの関係で分けて読み突たのですが、その合成や文字入力でいろいろ苦労しましてこのような形になりました。

 先の新聞記事は、読売新聞2024年10月29日付のものです。

2025年4月16日水曜日

最下位の幸福度 日本と言う国


注 

毎年発表される「世界幸福度ランキング」。これは、世界各国に暮らす人々に自分の  現在の生活について評価してもらった調査結果(世界幸福度調査、World Happiness Report)をもとに、国連の持続可能開発ソリューションネットワーク(SDSN)がまとめている。


世界幸福度調査では、自分の人生について0から10までの11段階で、現在どの段階にいるか自分で評価してもらう。質問には「幸福」「健康」「満足度」という言葉は使われておらず、受け取り手によってさまざまに解釈されるのが特徴だ。対象となるのは、各国で約1000人以上。世界140以上の国で行われ、合計で10万人以上の回答が集まることになる。

そしてこの結果を過去3年分でまとめて、ランキングにしているのが「世界幸福度ランキング」だ。2025年のランキングでは、2022年から2024年までの3年分の世界幸福度調査がまとめられている。

World Happiness Report 2025


 2015年12月7日付の新聞に取り上げられていた文中のランキングでは、158カ国中46位となっていました。
 今回調査発表されたものは調査国数において相違がありますが、現在にも将来にも幸せが感じられないという調査結果にはそうだろうなぁと同意しつつも自国民をこのようにしたままの機関としての日本にどうしてと言う思いです。

2025年4月15日火曜日

「戦争かるた」紹介


 


しんぶん赤旗 2015年10月22日

 遊んでいるうちに自然に 勉強になる と言うものもありますが、まあ普通には楽しく遊ぶ・その時のやり取りが楽しいというものでしょう。 そういうことで言うとこれはどういったらいい物やら。 ただ、この記事で紹介されているものだけでも恐ろしくなります。 いまの、いえ、その後のことを思うと一層怖くなります。

2025年3月22日土曜日

福良雀

 

寒い数日でした。

 3月に入り、「もう降っても(雪)積もることはないよ。でも一度4月に入ってから大雪だったことがあるけどね。」などと連れ合いに話していたあとの寒の戻り。 一度暖かい日の後だったものだから結構答えました。

 そんな時に目にしたこの写真(言葉)。以前(ニュアンス的には遥か昔?は日常に普通に簡単に目にしたスズメ。 最近はすっかり珍しくなった気がします。

でもこんな感じがぴったりの数日でしたよ。

 写真・記事は 三条新聞 2025年2月21日 より

2024年11月9日土曜日

「生きて帰ってこい」ではなく「死んで来い」 人を大事にしないでは勝てません 

  ロシアによる越境攻撃から始まったウクライナとロシアとの闘い。ロシア兵の戦死者は67万との報道が有りました。 思い起こすに、第2次世界大戦の独ソ戦の時は2,000万(3,000万に至るという話もある)もの国民が命を落としたという。 なぜこのように命を落とす人が多いのか。この度のウクライナの戦いに関する報道の中にこの答えがありました。  ロシア・ソビエト共にとにかく無謀な突撃を繰り返すという戦術が伝統なのだそうです。 こんな伝統はいりません。 

 日本、少なくとも帝国陸海軍もそうでした。 何せ、徴兵され出征する時に「生きて帰ってこい」ではなく「死んで来い」なんですから。 そんな戦い方を繰り返しているから、有能な士官がどんどんいなくなり、人材不足で戦えなくなってしまったわけです。 ドイツにもエルベ特別攻撃隊と言う連合軍の爆撃機に航空機で体当たりする部隊がありました。でも日本の特攻と大きく違うのは、機がぶつかる前に脱出・パラシュートで生きて帰ることを模索したというところでしょう。 

 スターリングラードの戦いを描いた映画の中に、満足な武器弾薬を持たせずにとにかく突撃させるシーンがありました。 これだけでもどういうことだ!と言うところですが、信じられないのが、突撃する兵隊の後方から自分たちの兵隊に向かって機関銃で射撃するところ。 戻ってこないようにというためなのですが、これじゃ戦死者が増えるわけですよ。

 今も続くロシアの恐ろしい戦術。戦いに勝利するかどうか以前に、大きすぎる犠牲ですでに勝利とは言えないと思います。

 以下に新聞の読者欄に投書された一文を載せておきます。


赤旗 2015年9月15日


文作でも公にし継続していけば立派な運動

  小森さんが亡くなられたのは2023年でしたから93歳と言うことになりますか、十分ご長命と言ってもいいと思います。 亡くなられたということをしんぶんで目にした時、夏の暑い日に後には家族と参加した原爆反対 平和集会そして行進のことが思い出されました。 

 それで特別にひたしくなったというわけではないのですが、その後あまり日が立たないうちに滑落事故で亡くなったということを知ることになる娘さんと、レクリェーションの講習会で一緒させてもらったということも思い出しました。 

 さすがに最後の数年間は動静が耳目に触れることはありませんでしたが、その人生はぶれることなく通されたと感じています。



                赤旗  2015年9月24日

 詩人は「゛詩人”と名乗れば詩人になれる」などと言って、私も詩人だ などと言っていた時もありましたが、小森さんは詩作を通してその作品を通して意思を示し運動を継続していた人だと思っています。 詩も俳句も短歌も、様々な文作を継続し極めれば運動だと改めて思います。


2024年11月4日月曜日

これだけの星々が見えるありがたさ


赤旗 2023年2月3日

 昨日は、礼拝だけで13時を回りおなかペコペコで昼食を取りました。 豚カルビ丼 エビチャーハン 牛ロースカットそしてアイスクリームダブル。一人はこのところはまっているジョージのキャラクターカップのアイス。(これは容器の値段かなぁ、ずいぶん割高なような気がしましたが。) 同じモールで、ついでに冬用防寒具を見たり、クリスマスプレゼントの下見をしたり。結構ゆっくりしました。 子ども用品の消耗品も買いました。 それから本日のメイン、子供服のリサイクルショップへ向かいました。 この日は最初からそのつもりでしたし、連休の半ば、翌日もお休みなのでずいぶん時間をかけたというか、ゆったりでした。  
 リサイクルショップに入るころすでに日は傾いていたのですが、お目当ての子供服の他に木の積み木とすっかり車を覚えてしまったジープ型のラジコンを買い求めてお店を出たときはすっかり暗くなっていました。 「いやぁー遅くなったなぁ夕食はどうしよう、食べた時間が遅かったし結構食べたからまだあまりおなかが水泳ないけどねぇー。」などと話しながらふと空を見るとずいぶんキラキラと輝く星が。 居並ぶ大型店舗の明かりが強すぎて他に星が見えない中ですごい存在感です。 星?動かないからヘリコプター?などと言いながら帰途につきました。 車はつながっていたけれど止まることなくしばらく走ったところ、左右に赤と緑、そのほかに赤っぽい白色の照明がくっきり見て取れる飛行機がこちらに向かってくるじゃないですか。車と反対方向は空港の方向。 右上方にはあれも飛行機と思える照明も見て取れます。 時間的には、地方の空港としては今日の最終便達なのでしょうけれど着陸待ちをしていた飛行機だったのでしょう。 ここまでくると他の星々も目に入ってきました。
 帰宅後、車を止め車外に出て空を眺めてみたらたくさんの星々。 市中心部から約1時間でこの星々がみられるなんて。   だからここに移り住んだんですけれど。

2024年8月11日日曜日

争いで生まれるのは 憎しみとさらなる争いだけ



                                しんぶん 赤旗
                                 2024年7月24日

 「どうして僕たちを残して死んじゃったの。僕たちを助けてくれるのはお母さんしかいないのに…。大好きなお母さん、僕がかわりに死ねばよかった。~」
母親の遺体を目の前に、こんなことを言わせてはいけません。
 「~神様、お母さんを殺したイスラエルに罰を与えてくださ。」 
争いで平和は生まれません。 生まれるのは憎しみとさらなる争いだけです。

 自分達が繰り返し爆弾を落としている地域に対して”安全゛とか”人道的゛という言葉を使う鈍感さ。 目も耳も鼻も肌感覚も 何も感じなくなっている、見ようとも聴こうともしなくなっている。想像力も欠如してしまっている。 今落としている爆弾の下に人が居るという事が考えられなくなっている。今落としている爆弾が爆発すればその人たちがどうなるかを思うことができなくなっている。 爆弾が、爆弾を落としている側の理性をも完全に破壊・麻痺させてしまっています。

2024年8月8日木曜日

誰かが どこかで

 



                         しんぶん 赤旗
                          2024年7月25日

 私が○○しなくとも、どこかで誰かが○○してくれる  の典型だと思いました。

 以前、特別に高級車というわけでもない小さなオープンカーを運転していたことが有りました。 ビンテージと呼ばれるほどではなく、人から見れば単なる古い車だったかもしれません。 30年ほど手元に置いていました。その間、純正 社外で部品がどうにかなるのが大したもんだと思いながらも、維持していくのがだんだん困難になっていきました。 そんな時「私がこの車を守っていかなくて誰が守る」とよく言い聞かせていました。

 ある時引き取りたいという人が現れ、引き継いで大事にしてくれるならと手放すことにしたのです。 
 この記事のは車の話ではありませんが、私・自分が全部しようと思わなくとも無理をしなくとも、誰かが どこかで、忘れずに守り 引き継いでいってくれるんだと改めて思いました。  それもこんなに熱狂的に

「受益者負担」 「自己責任」 が人々を苦しめ 発展を妨げている



                             しんぶん 赤旗
                             2024年7月2日


「受益者負担」 この言葉が始まりでした。

 そのころ(1970年代前半)私の学費は半期8万円。 国立は確か2  3万くらいだったと思います。 所得倍増政策で確かに上がったとはいえ、1970年代前半の大卒初任給はまだ一桁。というか月給自体がまだ今と比べれば一桁低い何万の所での”倍増゛でしたので、2  3万とか8万というと安いと思うかもしれませんが対比的には決して楽々の金額ではありませんでした。 その後好景気・インフレ、バブル経済で、初任給が10万の代に乗り(名目的には)給与が上がったとはいえ、それが2005年には国立535,800円。私大は959,205円ですか。 
 教育関連予算 財政支出はOECD加盟国平均GDP比で0.9%の所日本は0.5%。 先進国といわれる国々の中で最低水準を毎年更新?継続?しているまま。代わりに個人負担は増える一方。所得格差が如実に影響している教育環境・教育機会の格差は拡大する一方です。

 「受益者負担」 最近また耳にするので少しびっくりしているというのが正直な気持ちなのですが、受益者負担という言葉はしばらく耳にしませんでした。 でも決して この考え方が引っ込んだのではなかったというのがこのところの様々な動きです。 「受益者負担」この言葉自体は、代わりに「自己責任」という言葉が出てきました。
 今の、教育の問題 上がらない賃金の問題 生活困窮。 「自己責任」という言葉に追い詰められみんな自分を責めているけれど、問題の質も量もここまで一般的になると、もう個人のせいでも責任でもなく社会問題ですよ。
 「受益者負担」「自己責任」 この言葉を、(対応する諸制度を行う)当事者が言ったらお終いですよ。 民間の営利企業じゃないんですから、国 公共機関が自分で言ったらだめですよ。
 今 自己責任とか自助 という言葉がいかに人々を苦しめ、社会を国を害していることか。

2024年8月3日土曜日

参加選手 男女同数 が128年かけて実現した今回の大会

 

         しんぶん 赤旗
         2024年7月25日

 近代オリンピック 第一回(1896年)アテネ大会の後の1900年パリオリンピックで、女子選手が参加(2競技 22名)。その大会から124年たった(第1回から数えると128年)今回のパリオリンピックで初めて男女の選手数が同数(5,250名)になったのだそうです。
 経緯は來田淳子 日本スポーツとジェンダー学会会長 中京大学教授の文章に目を通してもらうとして、事実を自分で確かめないでの思い込み。良かれと思ったのかもしれないけれど、事実の歪曲→保護的な差別。 女性・女子競技者が自分のことを自分で決めることができない時代が続いていたのだそうです。そしてこのたび初めて男女の選手数が同数になったそうです。
 近代オリンピックのことを多少なりとも知っているつもりでいましたけれど、まだまだ知らないことがありますねぇ。

 ”自分で自分のことを決める゛という事ではアメリカ合衆国の中絶に関する動き。ジェンダーギャップ指数では、日本は156カ国中118位、G7諸国の中では最下位。という事も併せ忘れてはいけないと思います。

2024年8月2日金曜日

両手で祈る

 

「私達はこの世では片手でしか祈ることができません。*1(もう)片手で*2(は)自分が堕落しないようにつかまっていなければならないからです。天国に行けば両手で祈ることができます。」                                    聖コルベ神父

*1あった方がわかりやすいかと

*2ないほうがわかりやすいかと

 パウロは神の使命として大きな働きを成した人ですが、間違いもおかし、心身ともに問題なく万能な人ではなかったとのことです。 できることならこの棘を取り去ってくださいと言っているほどですからさぞかし辛かったのだと思います。 でも同時に、パウロにはこの”棘゛があったればこそ大きな働きを成すことができたというのは間違いないようです。


 さて、ここに続けて書けるような事ではないのですが。私 実は左のお尻と左の膝下から足首にかけて、そして腰背部の傷みが続き難渋しています。  整形を受診したところ、軟骨がすり減っている 腰椎が変形してしまっている状態でした。  昨年の6月のある日の仕事中のことがきっかけで整形外科を受診するに至ったのですが、今の痛みと制限はこの骨の状態を顧みるにそれ以前からであってこの日のことは引き金だったんだと思っています。相手があることなので一応書いておきます。

 それにしても痛い。仕事はできるけれど、正直辛いことが多く夕方以降は傷みが増します。 ただし、それがいけないのでしょうが痛いけれど動ける、昔より力が無くなったなぁと痛感するけれど何とかできている。走れなくなりました、ほんとに走れなくなるものなんですね心底びっくりしました。 意識すると無意識にと無理をしているのでしょうが、整形を受診しているとき立っていたら「立ってられるんですね」と言われ、普通この骨の状態では立っていられないレベルなんだなぁとへんに感心してしまうような事も有りました。  整形でお薬をもらい腰椎のブロック注射もしてもらいましたけれど痛みは一向に改善しません。 安静にするまで行かなくとも、仕事をいくらかでも加減出来たら多少なりとも楽になるのかもしれません。でもこの歳になって今までで一番身体的に辛い仕事を、初めての職場で初めての人たちの下で新たに一から覚えなくてはならない条件で働いていますから、いろいろな意味でそういうわけにもいかないのです。  出かけるのも運転も好きな私ですが、昔に比べればずいぶん短い通勤時間の間でも、足をさすりながら動かしながらの状態は残念な思いです。

 可愛いMは上の子とはずいぶんと離れてこの世に誕生したので一からすべて必要で、以前のように収入のない今はほんとに大変です。今の収入は、同じ月にもう一回給料日が有ればと思うくらいの物ではありますが、保育園に通うための就労証明をもらうため、可愛いMのため、”痛みを感じながら゛励んでいます。 給与は、頂けるのはありがたいけれど今の時代・社会 生活では不十分。私は年金と併用しているのでまだ”やりくりに苦労しています゛で済んでいるのだと思いますが、これから結婚とか子どもなんて言う人は、とてもとても踏み切れないのではと思います。躊躇すると思います。  日本は人口減少の時代に入りました。もう何十年、”少子化問題対策゛というものが取られてきました。しかし、自己責任とか受益者負担という言葉がはびこる日本の現状では、国レベルでの対策が求められているのに相も変わらずの個人任せのまま。個々の家庭の負担は増える一方で減る状態にはなっていません。

 傷みの話に戻ります。 まだ3歳にもならないMのためにも”目標100歳゛と公言しています。自分で「もういい」と思ってしまえば終わりですから。 「もっと肉を食べましょう!(栄養を取りましょう)」と言い出されて久しくなりましたが、年配・高齢者 特に一人暮らしそのまた特に男性一人暮らしの貧弱な食生活は寿命を縮めます。 私は若いJと可愛いM、食欲旺盛な人・成長するために栄養をたくさん取らなければならない人と一緒なので、同年代の 特にいうならば一人暮らしの男の人よりも食事の回数 量、結果として栄養を取っていると思います。 目標も必要もあります。新しいこと(仕事)を覚えなければなりません。人と会います、話します。ストレスにもなり得ますが、それが刺激にもなっています。目標達成できると考えています。 でも今こうしていてもうずく傷みが辛い。どうにも居た堪れません。 この傷み、無理と承知しながら、何とか取り去ってもらえないかと祈る思いです。それなのに私の生活では、祈りが足りていない と自覚しています。大切さをわかっているのに。

 で気づいたんです。 そもそも大きな声を出さなければ一番いいのでしょうけど、かわいいMに接するときとっさに大きな声が出てしまって泣かせてしまうとき、一番身近にいてくれて私のことを理解してくれる人に接するとき、この傷みがあるからいい意味で抑制できている、自分の行いを振り返ることができているんだ と。 「そんなのつながりがわからない」といわれてしまえばそれまでですが私にはそう思えて感謝しているのです。 

 歳を取るのも悪くない 何か不自由(痛み 動きの制限)を抱えるのも意味が有る、と感じられるようにしてもらっていると取ることができるようになれたと感謝しています。

 

 砂の上を神様と私二人(二つ)の足跡が続いていた。 苦しみ悩みを抱えていた時振り返ると足跡は一つになっていた。 この苦しい時に神様は一緒にいてくれなかったのかと祈ったら、「足跡が一つなのは私があなたをおぶって歩いていたからだよ」と声がした。

 自分の振る舞いを振り返ると到底天国に入ることができないとわかっています。 それでも、すべてのことを司る全能の神様なら、その御心に少しでもかなう事を行うならばこんな私でさえも救い上げてくれるのではなかろうかと一縷の望みを抱いているのです。 ですから、「聖母の騎士」2024年6月号のサビオ川渕浩修道士の文中で”両手で祈る゛を目にした時「私は片手でも祈っていない、それは、両手で捕まっていなければならない私だからだ」と立ち止まってしまいました。気づきが有りました。 全能の神様がその御心ならばすべてを変えて救ってくださることを確信しています。 今私に多少の不便と痛みを与えてくれているのは、自分を振り返り気づかせてくださるためだ、と納得しています。

 ほんとに、神様の成さる事、神様の考えることは人知を超えて有り難いと感謝しています。

2024年6月15日土曜日

吉田ルイ子さんがなくなられました

 


 写真家の 吉田ルイ子 さんがなくなられました。 (2024年5月31日)  89才だったそうです。 

 神様じゃぁありませんから、どうしようもないこととはいえ、時代と言うことでしょうか。

 写真一枚一枚がどうということももちろん触れるべきな事なのでしょうけれど、写真を撮り始めたころ師匠から50ミリのマクロレンズのみでの撮影という課題を与えられたというエピソードが印象に強く残っています。

 望遠ではなく標準レンズそれもマクロのみで撮影と言うのは、その場に それだけ近くに立たなければだめと言う事。 これは写真(機器)の扱いに長けるということではなく、人としての立場 考え方を厳しく問われ、何時何処でシャッターを切るかが左右されるということだと思います。 その後の吉田さんの生き方はそれで決まっていったのではないかと思っています。

 ご冥福をお祈りします。