ラベル 記憶 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 記憶 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年4月16日水曜日

みそでサンドイッチ マカロニであべかわ餅 うどんでプリン


        しんぶん赤旗 2015年10月18日


     イタリアの映画のセリフじゃないけれど、結局は庶民が残るのよ

2024年11月18日月曜日

あやとり は世界中に


読売新聞 2006年11月27日

 実は孫に、誕生日 夏休み クリスマス に、ジャンルは様々ですが本を送ってきました。もうかれこれ10年以上になるでしょうか。 これが意外と大変で、日ごろからアンテナを張るようにしています。 中には年齢を考えると難しいかなぁと思うような本もありましたけれど、自分で選んでいたら手にすることもないようなジャンル・本をと言うことでは意味があるのではと思っています。
 今回紹介するものは本そのものではないですが一つの情報きっかけとして紹介させてもらいます。


 

2024年6月15日土曜日

鳥またぎ米 糧飯 笹団子

 


新潟市歴史博物館 博物館ニュース Vol.56
帆檣成林
2022.9.14
      より


 今ではみんな信じられないことだと思います。
でも私の記憶にあるくらいの昔、以前には量はとれたかもしれないけれど食味的には難ありだったし、農家の人たちはすごく大変な思いをしていたんです。

それにしてもよく調べるし、こうして記録(記憶)が残っていくんですね。


2023年1月5日木曜日

兎年に思う “ウサギ゛の一面

 同じ漢字圏、文化の影響を受けた国々においても違いがあるとはいえ、日本においての干支で言うと今年は兎年。 当然ながら動物のウサギがいろいろに紹介されています。
 その中には「ウサギの島」として観光地としてもすっかり有名になった大久野島(のウサギ)を取り上げているものもありました。 正確には現在島にいるウサギたちは、一度いなくなった後で再度人の手によって持ち込まれたウサギたちの子孫ということですが、先の戦争の時に毒ガスを製造する島として特別に扱われ、天気図と同じように操作され地図上では消されたことのある島ということをどこかに記憶しておかなければいけないいきさつのある島ということで一つの記事を紹介しておきます。

しんぶん赤旗 2021年3月22日

 可愛い だけでない、ウサギの生態を取り上げているものもあり、「言われてみると確かにそういう一面のあったなぁ」と考えさせられるものもありました。
 物事いろんな面を持ち合わせているし難しいものだと改めて感じました。

2020年6月20日土曜日

尺度を変えてみてみると

   写真を日常普通に撮る時とは違えて高速シャッターで映してみると普段の生活では見えなかったものが見えてくる、逆に低速(長時間)シャッターで映してみると見えなくなるものがあるという事を書いたことが有ります。そのことを念頭に。

 国立天文台フェローの泉拓磨さんが、交通遺児育英会の「君とつばさ」第344号に「銀河とブラックホールの不思議な関係を探る」と題して書いたものを読みました。「~アインシュタインが一般相対性理論の中で、ものすごく重い物体が無限小のサイズに押し込められると、空間がすごく歪められ、その歪みがある一定量を超えると、光ですら脱出できなくなる、と論じているのがブラックホールである。~」という所が、別に気にするような事ではないのかもしれませんが、私だったらここは別の言い回しにするかなぁその方が解りやすいかなぁなんて事を思ったりしていた時にふとブラックホールとは“状態”なの“物・天体”?どちらなのなんて事が気になったのです。(調べてみましたら、天体という位置づけになっていました。) 

  動かざること山のごとし の山とか大陸とか星(天体)と言うのは普通には動かない変わらない物という事で話されるイメージ。 けれど地球の歴史の中では大陸は移動していましたし、星 例えば北極星だって5,000年前には別の星・天体がその役割を果たしていたという事ですので、地球だって星々だって動いているし変化しているとわかります。 ただしその変化は“一人の人間の一生”という時間尺度で区切って見てみると、北極星=動かないとしてしまうのは別段おかしなことではありません。(余談かもしれませんが、そういう人間の一生という時間では変化が見えない感じられないような時、人知を超えた事象に対して永遠とか無限という言葉を当てるのかな等と思ってしまいます。)

そこで最初のシャッターの話、この場合は低速(長時間)シャッターにつながるのですが。

  人の一生というような時間尺度ではその変化が見えてこない例えば天体のようなものの場合、逆に低速シャッター・長い時間幅に尺度・物差しを変えてみるとブラックホールも違った姿でとらえられてくると思ったのです。 位置づけ・定義では天体だけれど、視点を変え見ると動きのある“状態”という言い方もできると。 天体は(宇宙 星の一生)一人の人間の一生という時間尺度では測りきれない時間軸で動いていますので永遠とか無限という言葉を使いたくなるけれど、138億年と言われている宇宙の歴史の中では間違いなく変化して来ているわけなので 途中経過として“今の状態は…”と言ってもいい、この記事を読みながらこんなことを思っていました。

 ま、これだけと言えばこだけのことなんですけど。


2020年2月16日日曜日

来たものはつかまなければならない

                         

突然ですが。 

アメリカの車は今の時代でも日本の道路状況 特に駐車する時の事を考えると日常に乗りまわすのは大変だろうなぁと思う車体の大きさですけど、昔はほんとに大きかった。デザインは良くも悪くも“壮大なる無駄” アメリカンドリームという言葉の生きていた時代を象徴しているように感じます。 社会 経済の大きなターニングポイントとなったベトナム戦争以降、改めて50年代頃の発想から生まれたデザイン・デコレーション・大きさの車は誕生しないでしょうね。 

話変わって、いまから40年近くも昔の話。

ある雑誌で、日本のロック歌手のことが取り上げられていました。主題は別にあったのかもしれませんが、その記事の中で今でも印象に残っているのはこのロッカーの愛車談義の方。 大きい車体を一枚の写真に収めたものだから運転席でハンドルに手をかけてこちらを見ている本人の顔は小さくしか写っていませんが、歳の頃は30代後半から40台かなという印象。(私は最初ロケットのイメージからきているのかなと思いましたが正しくはフィッシュテールと呼ぶものなので違うんですね。)のついている大きなキャデラックのオープン。 本人の弁によると、当初は別のシリーズを探していたという事ですが「探していて来たのがこの車。そういう時は来たものをつかまなければだめなんだ。」との話が妙に印象に残りました。
愛車は赤白のツートンカラー、テールにフィン



1950年代のアメリカ(合衆国)と言えば、ヨーロッパ諸国のような国土に対する直接的な被害をまぬかれ政治でも外交でも経済でも大きな存在となり、子どもの代は親の代よりもっといい生活ができるようになるとなんの“迷い”もなく思いこんでいた時代。アメリカンドリームという言葉も懐かしい。そんな時代を反映した意匠が生まれ受け入れられた時代。

このロッカーは、混迷が深まるばかりの()以前の “アメリカ” のイメージの車に乗りたい 生活したいという思い入れ こだわりがあってキャデラックを探したのではないでしょうか、同時に日本人としての所作でこの出会いを受け入れたのではないでしょうか。

余談を二つ。 一つ目 これは古い車に乗ると良くも悪くもたくさんあるエピソードの内の一つだと思いますが「オープンカーはオープンで乗るべきだと思っているので、雨の時傘をさして乗って笑われたことがある。」とインタビューで話していました。 二つ目 時代だったんだと思います。そう考えるとそのころ(時代)の話や作品を理解してもらう(自分も)アイコンとしてシュチエーションとして車はわかりやすいものだと改めて思いました。