こうしてみると、それも並べてみてみると1980年代の政治・政治家のやった(始めた)ことは後々影響が大きかったんだなぁと、再認識します。
教育の重要性も。
今××がやっていることの結果が、すでに出ているのになぜ今更 という思いです。
それが経済的プラスマイナスとは別の尺度で動いている原発とも共通してくる“政治”というものなんでしょうね。
こうしてみると、それも並べてみてみると1980年代の政治・政治家のやった(始めた)ことは後々影響が大きかったんだなぁと、再認識します。
教育の重要性も。
今××がやっていることの結果が、すでに出ているのになぜ今更 という思いです。
それが経済的プラスマイナスとは別の尺度で動いている原発とも共通してくる“政治”というものなんでしょうね。
チャングムではまって以来、欠かさず見ている韓国のテレビドラマ。レンタル店に毎週2~3回は通っています。 ですから、韓国に関する話題にも自然に目が向くというもの。 韓国の出生率が低い。ずっと低くて問題になっている日本よりも低い。ということは知っていました。その原因、現状分析を読ませてもらいました。 で、今回ここに転載しようと思ったのは、3段目の途中から後。満12歳以下の子供を持つ親が、育児休業未使用分を合わせて最大3年間、時短勤務できる制度があると紹介している下りを見たから。 実際の利用率は高くないとのことですが、制度があるということは見ておきたいと思います。 私も日々実感。ほんとに頭を抱えるこの秋ですが、子育ては大変なんです。 でもこの子たちが国の未来ですし、個人の労苦に任せてばかりではいけないことでもあると思いますけどね。
それにしても扱いが少ない印象はぬぐえません。 とにかく、世界新記録は出せても4年に一度のオリンピックで金メダルを出すことは難しいと言われるオリンピック。そこで、これまでのことを思って泣いてしまうのはだれしもの反応なのかもしれないけれど、泣き方ってものがあるのじゃないかと見てしまうこともあったけれど(毎回毎回のオリンピックで同じ競技の選手たちと言うのが、何か問題があるんだろうなぁと思ってしまう)。
たとえ負けても予選で敗退しても、オリンピックに出るには標準記録と言うものを超えなければだめなので、出ている選手たちはみな素晴らしい。 確かにメダルを取る選手たちの力はより一層抜きんでているけれど。
これから始まるパラリンピック 様々なドラマ 望ませてもらいます。
少し前からあちこちで目を楽しませてくれる つつじ と さつき。 両者の見分け、これが意外と難しいのです。 車で走っていると、きれいなんだけどどれがどれやら説明できません。
5月に咲くから さつき、その前に咲くのが つつじ … だとかなんだとか諸説いろいろあって。
でもこの説明がこれまでいろいろ見聞きしてきた中で一番しっくりきました。 車で走りながらでは、一斉かパラパラかくらいでタイミングが悪いと判別しきれないと思いますが、歩きながら少し時間が取れるようなら両者を見分けられそうです。
働く広場 障害者雇用 2024.1 No 555 の掲載記事より。この記事著者作成の日本におけるパラスポーツ年表を転載させてもらいます。
もう少し前のことになりますが。以前勤めていた職場先近くでたまたま見つけた、こちらにおけるパラスポーツの連絡先。いろいろに取り上げられメジャーになってきたかと思っていたパラスポーツの事務所がこんな市中心部からは離れた交通も不便な場所で、奥に長く周りの建物とのスペースもなく日当たりも悪い築年数も相当に古い建物、もちろん常駐している人はいない所でびっくりの思いをした経験があります。
No Charity ,Bat a Chance ! 保護より機会を!
ここでは日本パラスポーツの父として紹介されている中村裕博士。 1960年にリハビリテーション研修で訪れたイギリスでの出会いが発想の転換を促し、その後の日本を大きく変えた人になります。 障碍者の自立を支援し社会復帰を目的とした 太陽の家 を設立した人でした。
社会が大きく変わる時期だったのかさまざまに取り上げられ、太陽の家 のことはそのころの私でも知っていました。
核兵器廃絶 平和運動は年中休むことはありませんが、2月末からのビキニデーの集会から始まり、今年も8月の原水爆禁止世界大会に向けての平和行進が各地で始まりました。 自身これまで何度も参加して来た平和行進。幼い子どもも含めて家族して参加したこともありました。まだ小さい子どもにどれだけのものが残っているか確かめようがありませんが、日々の生活の中で何かの折に触れて思い出してくれたらと思っています。
さて、その平和行進が最初は一人から始まったとは知りませんでした。 平和を望む人 何かしたいと思っていた人がたくさんいたからこそ広がり今まで継続してきているのは確かなわけですが、コロンブスの卵のように最初に思いつき行動した西本さんがすごかったということなのですね。