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2021年2月23日火曜日

「チャコイ」

 


 油で揚げたて湯気がもわもわと上がっているパンに白く輝く砂糖をたっぷりまぶした揚げパン。 もともとは、焼きあがってから時間が経ち硬くなってしまったパンを無駄にすることなく工夫した、と言うのが起こりだと思います。ですから同じように見える、揚げドーナツとは似て非なる物と言う関係になります。 先日たまたま目にして「こんなものもあるんだよ」と見せたくて、同時に私自身懐かしく思い買い求めてみました。 本来の物はコッペパンの大きさだったと思うのですが、写真の物 今回の物はそのミニサイズになります。 同様の物がフィリピンにもあるそうです。その呼名は「チャコイ」 日本は 揚げパン フィリピンは チャコイ と呼名は違うものの、ここにも日本と類似のものが有ったという事になります。 結局の所、何
処でも人の発想は同じなんだなぁと思います。 

 社会的には 無駄にしない工夫、生物としての人間としては 油と砂糖・甘さ への要求が深淵?

2021年2月21日日曜日

パン・デ・ココ その2

  


前に紹介した パン・デ・サール=塩のパン。経緯はわかりませんが日本でも“塩パン”なる物を目にしました。 比べると色つやが少し地味な感じはするものの、見た目大きさは瓜二つ。値段の方も5円ほど(フィリピンでは一個2ペソ)とまではいきませんが、一袋に20個入りで消費税を入れて約200円、つまり一個約10円と言う値段は今のご時世びっくり値段と言っていいのでは。 見た目の感じそして割った感じ口にした感じはバターたっぷりのクロワッサン等とは全く別物。けれど、食事 おかずを食べるためにはどちらが?と言うといい意味自分自体を主張しすぎない塩パンも悪くない選択なのではと思いました。

日本には昔から“塩飴”やら“塩羊羹”なる物がありましたから、この日本の塩パンも全く新たな発想でというものでもないのかもしれません。 それよりも、違いを感じたのがこちら。「ねぇ パンデ何々と言うのはほかにもたくさんあるの?」と聞いた返事が「他にはない」という事だったこと。 日本なら、人気が出たり なじみがある、名前の語呂が良かったりするとすぐにバリエーションを増やしたりするのにと思いました。だからまさか2つだけということは無いだろうと思ったので。

「パン・デ・ココ」の値段。「パン・デ・サール」の2ペソは、日本で言えばご飯だから単価も抑えられているのかなとなんとなく納得。が、「パン・デ・ココ」の方は甘い食味、ケーキの様でも高級感のあるデザートの様と言うわけでもありませんが違うんだろうなぁと思いました。 ところがこちらもパン・デ・サールと同じ2ペソだそうです。売っているお店は同様のお店、扱いも同じ普段普通に食べる物だからではないかという事だそうです。

パン・デ・ココけっこう甘いですよ。フィリピンの人たちは甘いもの好きなんだなぁと思います。 と ここまで書いてきて気づきました。フィリピンの他の甘味系に比べれば甘さの程度はやわらかい。そうするとデザートと言うよりはやっぱり主食よりかなぁ と。

2021年2月20日土曜日

パン・デ・ココ

 


以前「パン・デ・サール」を紹介しましたが、今日は「パン・デ・ココ」。 「パン・デ・サール」は日本語で言うと「塩のパン」。察しの言い方はもうお気づきかと思いますが「パン・デ・ココ」のココはココナッツのココ。硬いココナッツの殻の内壁の白い果肉を細い紐状に削り出し、この場合はさらに短くカットして甘く味付け、それをパンの餡として包み込んで焼き上げた物が「パン・デ・ココ」と言うわけです。

沖縄の甘さは黒糖の甘さフィリピンはコンデンスミルクの甘さ。以前私がフィリピンプリンとして紹介した「リッチェプラン」を初めて口にした時の強烈な甘さ。 今回の「パン・デ・ココ」の餡の甘さはそれに比べると少しおとなしい。コンデンスミルクと言うより普通に 砂糖を使ったの?と言う感じの甘さでした。 割ってみると、少しオレンジがかった湿り気の有る餡。この湿り気は砂糖がパンやココナッツの水けを吸い集めたものなのでしょうか。

2021年1月30日土曜日

こちらは地域限定 カサバケーキ

 






初めて訪比したとき、日中はあちこち回って、夜は見るのも聴くのももちろん口にするのも初めてのフィリピンの手料理で、有名なサンミゲルではなくジンが加えられていて口当たり少しピリピリ度数高めのレッドホースというビールとスペイン産のブランデー(フィリピンにウイスキーがないことは無いと思うのですが、近くのお店も車で出かける大型店舗にも並んでいるのはブランデーばかりでした。それもスペイン産の。そして値段が日本では信じられないくらい安い。そういえば40年以上も前スペインの街中で見たワインの、そんなのもあるのかと聞きましたけれど、家庭で毎日食事時に飲むクラスの3番絞りと言うワインも見間違いかと思う値段でした。)を飲んでいた御主人が、久しぶりの出勤の帰りにお土産で買ってきてくれたのが初めてでした。 ずっしりと手ごたえのある緑色基調のカサバケーキの箱は目に鮮やかでした。 蓋を開けると糸状のココナッツがトッピングされ外郎(ういろう)様の物が箱一杯に収まっています。甘くてちょうどいい冷たさの食味ですっかり好きになり、2度目の訪比の時はこのカサバケーキをお土産にしてみました。 このカサバケーキ、見た目も食感もよく値段も手ごろ。ところが帰り、NAIAで搭乗手続きをし始めた時からすでに後悔が始まりました。重いんです。サイズは大きいのと小さいのの2種類あったのですが、大きいほうが1㎏。(小は500)しっとり食感でずっしり、それを大62お土産にしたんだったかなぁ。釣り持ちできず担いで移動してました、重かった。 このカサバケーキが、カビーテの地域限定ケーキだったのです。 もう気づかれた方もいるかと思いますが、原料はキャッサバ。水分を高保湿して重いわけです。決して高級 高額なものというものではありませんがおいしいケーキです。

2021年1月27日水曜日

フィリピンのお菓子「ビビンカ」を紹介します

   この「ビビンカ」 私が初めてというのはまぁわかるとして、彼女も初めてというのはびっくり。名前は前から知っていたようですが、カビーテでしか手に入らない「カサバケーキ」のように地域性が有るお菓子なのかな等と考えました。 最初に目にしたとき「蒸しパン?」と言う印象。続いて思ったのが「マドレーヌみたい」。 周りを包む様に包んでいるのはバナナの葉だそうです。 さて実際に口にした感じはちょうどパウンドケーキ。 「ん?」と思ったのがその香り。新潟で言えば名物 笹団子となりますが、ちょうど日本の蓬団子・草餅の香りそっくりなんです。バナナの葉っぱってこんな匂いがするんですねぇ。

先ほどの“地域性”について聞いてみましたら、「マニラかなぁ」と。それを聞いて「やっぱり!」と思ったら、続けて「○○にもあった」(○○は彼女の出身地)。「何だこりゃ」とも思いましたが、続けて「クリスマスに食べるものだ」と言うのです。 地域ではなくクリスマスの時期という期間限定のお菓子だそうです。 折々に紹介される世界のお菓子の情報で、フィリピンのクリスマスに食べるお菓子として「プトブンボン」のことは知っていました。きっとこの2種類以外にも、クリスマスの時期に食べる というものがたくさんあるでしょうから、たまたまと言うかこれまでビビンカに縁がなかったんだなと思いました。

2021年1月23日土曜日

貴重な日々  ブログ 今年はどうかな

  大晦日から元旦。元日から4日の御用始めのあたりのことはすでに書いた通り。 雪はその後も止むことなく、毎日雪かきに追われていました。 新潟市の街中から、山をみながら暮らしたい、子どもたちにはお話の登場人物が出て来そうな 真っ黒で真っ暗で星がいっぱいな夜空の下で暮らさせたいとここに移って来てから30年がたちました。 ランドマークの山を目指して帰宅。季節ごとに異なる表情を眺め、もちろん星がいっぱいの夜空にも満足しています。 ただし、何せ地元の人間じゃなかったので、冬場 春先の風 “ここ”がこんなに雪の降る所と言うのは住んでみて初めて分かりました。 この団地 それもちょうど私の家のあたりが吹き溜まりになっているのでしょうか雪が多いんです。あちこち回って知っている新聞配達の人が「ここは多いね」と言うくらいですから間違いないと思います。

 


お正月 そのあとの連休も毎日除雪していました。 一人黙々と除雪するのはなかなか辛いもの。でもこの冬は随分違います。 雪は変わらず新潟の湿った重い雪なんですが、嫌がらず一緒に雪かきをしてくれる人が居たので気分的には全然違いました。 これは何処の()出身 温かい寒いだとかは関係ない。個人差だと思いますけど。感謝 

 気づいたことが有ります。 昔は仕事に出かける前のタイミングで(こまめにではなく)、大きめのスノーダンプで力任せに除雪していました。 それがこの冬の降り方は、一日でも休むと埋まってしまう降り方なものだから、心配になって毎日やらざるを得ませんでした。

そんな時、私が身支度を始めると黙っていても自分も準備を始めいっしょにやってくれる人が居ました。 それで改めて気づいたんですが。こまめに除雪をしていると、毎日がすごく楽なんです。 雪は降り続くとだんだん圧雪状態になり、毎日雪かきをしていたところとその脇の方では重さ硬さが結構違う事に気づきました。 いまころになってとも思いますが、こまめに除雪をしているとほんとに違うんです。

 そんな大雪で大変な毎日が続いていたものの、年末から年明け気分としてはまずまずの新年・お正月を迎えられブログの方もまずまずの出だしかなと思っていたのですが、結果として間が空いてしまいました。 でも、他愛もない人から見たら自分たちだけで好きにやってればと言うような内輪話のような幾日かの出来事でしたけれど、昨今の情勢ではそう過ごせた貴重な日々だと感謝しています。  さてブログ 今年はどうかな

2020年12月31日木曜日

インセマダ

 


 写真の物は一見ケーキのように見えますが、「インセマダ」と言うフィリピンの“パン”だそうです。 初めて目にしたときはケーキかとも思ったんですが、今回再確認したところパンで間違いないとのことでした。 確かにベースとなる所はパンが使われていて、その上に甘みだけでなく塩気も結構あるちょうどバタークリームの様なものがたっぷり。その上に線状に削り出したココナッツがたっぷりまぶされたものでした。 

 最初にフィリピンに行く前誰からだったか、フィリピンの主食はお米と教えてもらいました。 実際に行ってみて「そうなんだ」と感じたのが、教えられて思っていた以上にお米をたくさん食べる人たちだという事。実は 海の物 魚をたくさん食べていたという事。 同時に。泊めてもらったビレッジの家のお向かいさんだったのであいさつを交わしていたお爺さんが、ある朝茶色の小袋に買ってきたパンデサールという、ちょうど二つか三つの子どものこぶしほどの大きさのパンを「こっちに来て一緒に食べなさい」と手招きしてくれてごちそうしてくれました。 特に、バターたっぷりとか味がというものではありませんでしたが、出来立て焼きたてのこの小ぶりのパンは美味しいものでした。その値段が一つ2ペソ。安い!(名前は同じで少し大ぶりの物は5ペソ)。 この買いやすさと、そのもの自体が大きく味を主張していないので主食になるなぁと思った覚えがあります。 フィリピンには、日本の菓子パンほどにはパンの種類はないとのことですが、ほんのご近所にパン屋さんが有り、実はパンも結構と食べられているという印象を持ちました。(同じ値段で中に、甘く味付けされた線状のココナッツの餡が入っているパンデココというものもあり。こちらは甘さも有りお菓子寄りか。)

2020年1月5日日曜日

明けましておめでとうございます。 3/3




年末に伊藤詩織さんの訴えていた裁判(民事)が被告の行為・罪を認めるという形で判決が出ましたが、女性に関することだけでなく様々な国際指標で日本は軒並み順位を下げるか低いままです。 日本、特に若者の自己肯定感が低いのは多くが知るところですが、記事にちょうどいい写真がないかとフィリピンで撮った写真を見直しているときに日本で言うところの小学校を写した写真に目が留まりました。 そこで目にした子どもたちや大人、独立そしてそのあとの困難に際してのモニュメントの数々、リサール・パークや旗に対する思いなどを察するに、当人たちは直接口に出すほどに意識していないかもしれないけれど誇り・自負を感じます。 韓国・独立記念館に行った時。案内の人が館内を回るに先だって「私達は決してあなたたちを責めるつもりはありません。ただ、事実を記録し知ってもらいたいからなのです。」とわざわざ断っていました。 「韓国と言いフィリピンと言い自分たちの国、 歴史 困難の末勝ち取った独立 旗 に誇りを持っているな」なんてことを年の初めにあたって、いや昨今のことを思うと年の初めの今だからこそなのかそんなことを感じています。

追伸 その時思っていたこと。

一行の中で私が一番若い方の一団に混ざり独立記念館のガイドさんの話を聞きながら「今ここにいる人たちは長年にわたって職場でも地域でも“正しいことをやっているんだ”と自分に言い聞かせながらさまざまな困難・苦難・困窮に耐えてきた人たちです。だからこれから回って目にする様々なことそして説明は、これまで耐え必死にやってきたことが間違いではなかったと言ってくれることなので歓びこそすれ気分を害する心配は全く要らない人達ですよ」と思いながら聞いていました。

2019年12月28日土曜日

雑感


2019年 クリスマスはやわらかく明るい朝の日差しの中で「メリークリスマス」と声を交わして始まりました。 “冬至”を経て 再び光の時 が来る。ほんとにクリスマスなんだなぁと感じます。 冬至 はずっと知っていました。昔は今以上に季節感 歳時記 日常に様々な行事が息づいていましたから。長い年月をへて、日常の生活が変わりせわしくなったのでしょう今は昔ほど(小さかった頃)でなくなったと実感していますけれど。 生活が便利になるという事では進歩という事は歓迎すべきことなんでしょうが、アイデンテティ・文化という事ではもっと大切にしなければいけないことなんだと戒めています。 

私にとっては“冬至”というのは特別な思いがあります。儀式として何かするという程ではないのですが、復活 という所まで言わなくとも 再び という事では私自身の体験 私の周りを見回してもこの言葉の響きを肌までも感じることが幾度もあるからです。 そして「やはり“クリスマスには奇跡が起こる”」でしょうか。 今年もさまざまに災害が有りました、変化はしているのですが“紛争”はなくなることはありませんでした。それ以上に名前の伝わらないだけの多くの働き人がいるのは知った上であえて名前を出しますがアフガニスタンで中村哲さんが殺害されるという本当にもったいない悲劇もあったばかりです。 人の想いでは 神様… と思ってしまう事もありますがきっと何かお考えがあってのことなんだと時が満のを待つばかりです。

教会の紙誌の中に 光 に関することを見つけたので書き留めます。

聖書に出てくる 光 という意味のギリシャ語には二つあるんだそうです。 一つはフォース これは弱くはかない光、ろうそく や焚火や松明の光を示すそうです。写真、フォトグラフの語源ともなった言葉だそうです。 新作が公開され話題になっている映画作品で多くの人が知るに至ったこの言葉 すべてを超越する力 と受けとれるように用いられてきていますが、実はこの言葉が 弱くはかない とはびっくりしてしまいます。作品宣伝のためにわざとそのような訳を持ってきたのか、実際強大な敵に対しては小さく弱いかの光が決して吹き消されないさまを見ると本質はついているのかもしれません。 ちなみに二つ目はドクサ。栄光 威光 繁栄、強くまばゆい光を示すそうです。

2019年11月24日日曜日

P 電力事情




同様のことは“電気”にも言えます。電気の場合は停電という事になるわけですが、停電しない 需要と供給が釣り合っている、個人消費の電気料金は賃金に見合った水準となっている。そして、海外資本を呼び込むため 産業育成のため他国と比較して“一番高い”という評判が立つのは避けたいところ。

停電の経験、「覚悟していたのに、思っていたより停電がないもんだな。」と後で思うこととなった一回だけ。これも先ほどの雨の時。 いきなり電気 家中の照明が全部消えて扇風機もストップ「来たか!」と思いました。幸いその時の停電は短い時間で復旧。停電と言うと、結局その一回だけでした。

併せてひと月くらいの日数になる私のフィリピン滞在での停電体験は一回だけですが、今後益々発展するだろう産業 経済、変化する生活様式で電力需要は拡大する一方ですから一層の電力供給体制が必要不可避なのは間違いありません。 加えて、以前エアコンについて「機械自体はあるんだけれど電気代が高いものだから使っていないお宅が多い」という事を書いたことがありますが、フィリピンは電気代の高い国なんだそうです。東南アジアの中でも高いと言われている電気料金も課題です。

電気代が高いという事は日々の生活だけでなく、工業化 経済発展にも大きく影響します。産業の振興発展には需要に見合う電気の安定供給はもちろん、電化機器を使おう(購入しよう)という気になる電気代が(安価)求められます。 

特に専門でなく取り違えているかもしれませんが、フィリピンの発電を担っている機関は日本で言う“公社”にあたるような組織が複数あるのかな。発電と送電は分離されているようです。{盗電もあるというようですし、送電()の有様を見ていると送電中のロスをなくす余地も大きそう} 原子力発電は過去において計画されたことが有りましたが、結局住民の総意で一度も稼働すること無く今に至っているバターン原子力発電所と言うものが有りました。 現在のフィリピンの発電供給量割合で言うと、化石燃料使用による火力発電総計に単独ではかなわないものの、水力、そして地熱発電の割合が他の国々に比べてかなり高いという事は初めて知りました。 供給に不安があるからなのか電気料金が高いからなのか、大手企業で自社発電をしているところも珍しくないようですが、その余剰電力の売電も日本で民間企業から緊急に電力を融通してもらうという事態が発生したときの感覚より取り立てて珍しい事の様ではないようです。

今のフィリピン、たとえば先進諸国と言われている国々が時間をかけ段階的に成してきたことを同時進行で取り組んでいるという事になるわけなので、取り組むべき課題も多く当然困難も沢山ありますが、私はいずれ明るい未来に到達するだろうと確信できる明るさと勢いを感じています。

2019年11月20日水曜日

P 計画断水


夏前にも耳にしていた断水の話。それが先日来、マニラ首都圏の各市・各地区輪番で一日当たり何時間と事前に通告したうえでの計画断水が継続して行われているという話が有りました。 原因としては「水源地・取水しているダム近郊の降水が例年のようになく水位が下りこのままの降水量だと年明け早々にも大変になる」という事で計画的な断水を行いダムの水を温存するという事だそうです。

 雨と言うと初めてフィリピンに行った10月に、空港ターミナルビルを出たところで感じたモワッとした空気が、お世話になる方の家に着くあたりで見事にザーッと雨(温かい雨でした)が降った時 空気が浄化され車や住宅街のライトがきれいに目に映ったという経験があるだけ。 雨と言うとその時一回限りだったので、飲料用の水は別途購入とは言え食器洗いや洗濯 トイレに全部水道を使っていたので「こんなにお天気ばかり続いているのに、どこから水を引いてくるのだろう大きな河?大きなダム?」などと思っていました。

 計画断水と言うとこんな話を思い出します。 昔東京でも同じようなことが行われたことが有るのですが、そのころ東京は毎日毎日雨降りで、それを伝えるニュースを見ている感覚では水不足なんて全然イメージできませんでした。それを納得させてくれた説明が「“東京の水瓶”となっているダムのあたりでの降水がない、取水しているダムの水位が下がっている。」という話。そういう事だったのか、水(水道)はそういうふうに作られやって来ているのかと納得した覚えがあります。 

この度のマニラ首都圏での断水(計画断水)も同じ要因・対策として行われているわけですが、マニラ首都圏の拡大と人口も大きく増えそれに伴っての水の消費量も増える一方なので根本的な手を打たない限り深刻な水不足は常態化していくでしょう。

因みに、別途購入していた飲料水は水道水を浄化した物だったようです。日本の感覚では(水道代は払っているのですが)お金を出して買うというとミネラル水というイメージがあるものでついついそう思い込んでいました。

写真は、家の前に設置された水道メーター・水道管です。道も全部コンクリ―で覆われていましたし、いざ漏水だなんだというときは大変だなぁと思いました。下水()も道の脇の方に小さな穴があけられているだけ、詰まることは無いのかな?大雨が降った時は追い付かないんじゃないのかなと心配になりました。

2019年10月26日土曜日

パロル  ber month

 10月でした。その時強く印象に残ったのは 手続きを終えてターミナルビルを出てすぐ気づいた“クリスマス飾り”。 どう見ても大きなクリスマス飾りなのですが、まだ10月。日本の感覚で言うとまだまだ先。 日本でこういう飾りつけを目にするようになるのは、このところ急に盛んになったハロウィーンが終わって11月に入ってからでしょうか。
フィリピンに初めて行ったのは

 フィリピンには「“bermonth」という言葉が有るんだそうです。 “月”の名前の最後に“ber”が付いている月。つまり12月=December に向けてSeptember 9月からクリスマスを迎える準備、「クリスマスが来るよ イエス様の誕生を喜ぶ準備をしなさい」という事だそうです。

 そしてクリスマス飾りでは“パロル”というものがあります。 空港で目にしたのは大きなリースでしたが、とても華やか日本語で言うと“動く電飾”とでも言ったらイメージができるでしょうか。(パロル もとはスペイン語のランタンという意味だそうです) ただ点滅させるだけでなく、光が流れるように演出して点滅させてみたりモーターを使って回転させたり…  日本の教会で感じる 厳粛な雰囲気と言うより 嬉しい その気持ちを表すお祭りという事なのでしょうか。 パロルでお祝いするのはフィリピン全土ではなくて決まった地域だけと紹介しているものもありましたが、(メトロ)マニラから700800㎞も離れた彼女の地元・実家でも飾るそうです。 色々話を聞くにつけ、フィリピンのクリスマスを見てみたいという思いが強くなるばかりなのですが、ルソン島パンパンガ州サン・フェルデナンドで12月に行われる「サン・フェルデナンド ジャイアント・ランタン・フェスティバル」というものもぜひ観てみたいものです。

日中でしたので実際に点灯しているタイミングではなく華やかさは伝わりませんが、道路わきにパロルを作って販売もしているお店かなというものを目にしたのは3月、こんな時期から! さすがキリスト教国 ラテンの国 フィリピン 違うなぁと感じました。

2019年10月6日日曜日

 フィリピンで見かけた 架装前の車台


いよいよ新しいディフェンダーの登場です。 唯一無二の存在だった前のディフェンダーが長年にわたってポリシーを保ったまま愛されてきた車でしたから、機能的には現代に合わせて好いものになるのでしょうが新しければいい(快適さが増すことは間違いないでしょうが)みんなに選ばれるというものでもありませんので。特に道具としての用の美を持ち、ストーリの有るディフェンダーのような車は、“ニューモデル”としていくら優れていても後継として認められるかどうかは別次元の話が有りますから。 今回のモデルチェンジによってボディデザインが変わったのは当然目を引きますが、フレームがラダーフレームからモノコックフレームに変わったという事も話題となっています。今回採用されたモノコックフレーム採用だって十分に検討され間違いのないものなのでしょうが、ディフェンダーの持っていたストーリーのイメージから言って何も気にならないと言ったら嘘になるでしょうね。 いまだに納期一年以上のジムニーがモデルチェンジでもラダーフレームにこだわったのは好意的に受け入れられ新たなストーリーとなった例もあります。 以前のディフエンダーが90 110 130とホイールベースの違うものを持っていた、かつ様々に作り分けられた車種を持っていたのは(ただ載せ替えればいいだけなんて簡単でないことはわかっていますが)上と下が別々で要望・用途に対応しやすかったから?なんてことも思ったりします。



写真はフィリピンで見たもの。架装前の車台ですね。

日本でも骨組み・まさに梯子=ラダーフレームにタイヤがついて、前の方にシートとハンドル ペダル メーターパネルがむき出しドライバーもそのまま、フレームの後ろ端にエンジンがむき出しで乗せられている、間には何もない物が走っているところを見て「車ってこれだけで走るものなんだ!」と驚いた覚えがあります。 車はカタログにある完成車を売る自動車メーカーだけでなく、用途・注文に応じて様々に架装して仕上げるメーカーがあります。 フィリピンのこの車台はどのような車両に仕上げられるのでしょうか。

2019年9月3日火曜日

P これもひとくくりにしてパジャックと呼んでいいのでしょうか? “おまけ”



話し戻して。このパジャックのおばさんのパイナップルのむき方が目から鱗、すごく印象に残っています。 ごつごつの皮を厚めにそぎ落として、それでも残るぶつぶつのヒゲ()をらせん状に溝を掘るようにむいていく、参考になりました。

実は大根もそうなんです。甘い大根かそれとも辛い大根かを見極める時、このラセン状のヒゲの間隔の広いか狭いかで見極めることを思い出しました。 青首の甘い大根がすっかり一般的になった昨今ですが、辛みの利いた大根の方がお料理の味を一段と際立たせるという事も有りますのでこの選別法を知っているといいですよ。  


ちなみに広いのが甘くて狭いのが辛い大根です。 

P これもひとくくりにしてパジャックと呼んでいいのでしょうか?


昔の日本には行商品物別に特有の呼び声が有りました。その音を聞くと、頭の中に自然と言葉が浮かんでしまうラッパを使う事もありました。それらを聞くと遠くからでもこれから○○屋さんが来るんだなとわかったものです。 残念ながら、今の日本ではスピーカーで「○○の販売でお邪魔しています…」等々を流しながらトラック型やワンボックスワゴン型の軽自動車で回ってくるのに変わってしまいましたが、遠くからでも来るのがわかります。でも今目の前までやって来た、野菜や果物を積んだパジャックには全然気づきませんでした。 自転車なのでエンジンの音もしませんし、静かにゆっくりゆっくり回っていてどうやって知らせているのか? 人の輪ができました。大事な財産として代々受け継がれていくルート・顔なじみというものが日本の行商にはありました。こちらにもそれと同じようなものがあるのでしょうか。 私ものぞいてみましたが、バナナだけとかジャガイモだけというのではなくてまあまあの品数をもって回っていると思いました。これだけあれば十分足りるのではないでしょうか。 

ところで、このパジャックの自転車は輪の小さい自転車。 日本でももちろんこれくらいの小さな輪の自転車も多数走っています。俗に“ママチャリ”と呼ばれたりもしていますが、実際には折りたたみができるものや小さな子供を乗せるシートが付いたもの変速機の有無等々様々なタイプが走っています。でも日本で自転車と言うと26とか27インチという印象。 当初、全然目にしないのでこちらフィリピンにはないのかなぁとも思うほど。聞いてみたら、このタイプ無いことは無いけれど珍しいとのことでした。 結果、こちらフィリピンでそのようなタイプ・趣味性の高い自転車を目にしたのはイントラムロスでたまたま出会った女性一向(後で聞いたら国会議員だという事でした)が乗っていたくらい。

2019年8月28日水曜日

P  こちらのバナナは一房35ペソ 






バナナの行商が回ってきました。計りがありますのでg幾らと決まっているのでしょうが、目安として一房35ペソとなっているようです。 指に挟んでいるのは20ペソ札。ちょっとした支払い、チップでもインターの支払いでもよく目にするお金(紙幣)。この持ち方は何か都合がいいのでしょうか。かっこいい スタイルなのかな!?

先日書いた“カリトン”の上の部分だけをトライシクルの荷台に乗せた物(に見える)にバナナを乗せています。このトライシクルは乗用とは異なる荷台・荷物を載せる仕様です。ミネラルウォーターの配達も、パーティのレンタル機器の運搬も同様のトライシクルが使われていました。 ただし、この手のトライシクルに人が載っているのも目にしましたから荷物のみというわけでもないようです。車でも“定員”という考え方は厳しく無いみたいで、おおらかというか実用的という所でしょうか。 ぴたりその物の呼び方もあると思うのですが、聞いた人に言わせるとあれもトライシクルだという事で一蹴されてしまいました。確かにトライでシクルなのは間違いないのですがあるんじゃないかなぁ。そんなことを気にする(気にしない)のもお国柄の違いでしょうか。

ところで、残念ながらせっかく買ったバナナでしたけれど、私の口には入りませんでした。

青くて大きい(太い)調理用のバナナだったら違ったのかもしれませんが、この生食用の熟れたモンキーバナナ、私が外で写真を撮っている間にみんなのお腹に収まったようでした。残念。

2019年8月25日日曜日

P ガードマン余話 “姿勢”




 
もちろん日本でも姿勢の良い人が居るしフィリピンでも姿勢の悪い人が居るでしょうけれど、印象としては猫背とか足元の地面ばかり見て歩いている人は印象にありません。 日本でヒールの高い靴を履いている女性を見ていると「せっかく高い靴を履いているのに膝が曲がったままだからもったいないなぁ」と思うことがしょっちゅうあるんですけど、こちら(フィリピン)で見かけた人たちはみな膝裏がピンと伸びていて気持ちがいいくらい。  履きなれているせい?! とも思ってみましたが、日常・普段は日本で言うところの“ビーチサンダルですべて事足りる”という感じですので、みんながみんなそういうわけでもないでしょうし。ちゃんと顔を上げて前を見てさっさと歩かないといろんな意味で危ないのか、こういう靴を履いた時はどうするという事がマナーとして身についているという事なのでしょうか。 とにかく、膝が伸びて姿勢が良いとそれだけでも素敵に私には見えます。

P ガードマン




 空港から始まって行く先行く先、ホテルでもお店でもいたるところで同じ制服の人が居ました。 最初は「警察が多い国だなぁ」と思っていました。だって隠してではありませんよ拳銃ホルダーがはっきり見えるように腰につけられているし、繁華街の質屋さんの前のところにいた人銀行のドアを入ったところにいた人は2連の散弾銃じゃなくて連射できるタイプのショットガンを手にして立っているんですから日本の感覚でいえば警察と思って当然だったと思います。 ただ、あまりにもあちこちで目につく、そのうえお店に入る時はドアを開けて向かへ入れてさえくれるに至って「ほんとに警察!?」と思って聞いてみたら「あの制服はみんなガードマン」との事でした。 ちなみに、警官とガードマンの見分け方ですが、警官の服はベージュだそうです。アンビュランスは幾種類も見かけたしパトカーも見たけれど、どこかで目にしているのかもしれませんが警察の人・警官そのものは見た覚えがはっきりとはないんです。 これも日本の感覚ですが、銀行はまだしも日本領事館にもこの人たちがいました。その時はまだ、改めて考えるまでもなく警察の人とばかり思っていましたけれど、後に考えればここまで民間なの!とびっくりです。




 この“ガードマン”。仕事として考えると、ケニア(ナイロビ)の時もすごく多かった覚えがあります。正確にはフィリピンで目にした姿勢が良くて同じ制服をかっこよく着こなしている“ガードマンの人たち”という事ではなくて門番や守衛と言った人たち・職種にまで広げての方が正確だと思いますが、朝仕事を終えて帰ってくる人や夕方出かける人を目にしました。ナイロビのジャシー・日本語学院やキベラで会った人達、そして聞いた話では。

 つまり、治安からくる必要性もあるのでしょうけれど、これだけかかわる人が多い・多くできるという事はそれだけ人を雇うにかかる経費が安い・人件費が安い、賃金が安いから回していけるのだと思いました。 日本の労働者の賃金も働いている割にはまだまだ低く抑えられていると思いますが、ケニアもフィリピンも統計資料的には日本よりもまだまだ低い数字となっていますから。

 それにしてもフィリピンのガードマンの人たち、お腹周りのたっぷりした人もいるけどみんな姿勢が良いしかっこ良いですよ。この仕事・制服に誇りを持っているんでしょうね。

2019年8月19日月曜日

P  パン・デ・サール・“塩のパン”


朝、向かいのお爺さんが
茶色の紙袋を手にして私を手招きしています。 このお爺さん、顔が合えば挨拶をしていた人。自分も一つ食べながら、袋の口をこちらに向けてすすめてくれます。一ついただきました。 卵の白身を塗らないで焼き上げるのでしょう焼き色のついた背中も含めて全体が柔らかな食感、初めて口にする少ししょっぱい味のパン「パンデサール」。 大きさは日本のロールパンと同じくらい。食感はこちらの方がもう少し密な感じ、蒸しパンよりかな。今回口にした物は一つ5ペソ。実物は見ていないけれどこれより少し小ぶりの丸いものもあってそちらは2ペソ。  日本のロールパンは甘くてやわらかくてこれはこれでおいしくて好きだけれど、食事・主食という事だとパンデサールのはっきりと自己主張しない薄い塩味のパンの方が日本で言えばお米のご飯 ケニアでいえばウガリみたいで合いそうです。手にした印象は “焼きたてと言うより出来立て”と言う方に近いでしょうか。  それにしても、このあたりにもベーカリが有ったというのですが
どこにあったんでしょうか。全然気づきませんでした。

2019年8月15日木曜日

P 家具屋さん








 道路脇に家具屋さんが有ったのですが、その品物の並べ方を見てケニアを思い出してしまいました。家具屋さんと言っても当然ケニア・ナイロビもマニラも大小さまざまな店舗がありますが、この規模・扱い商品の品ぞろえのところは自然と似てくるという事なのでしょうか。 ケニアの時(どこでもというわけではなく行った先がたまたまなのでしょうけれど)木製ベッドや椅子を店先に並べている家具屋さんが結構印象的でした。 食べ物と違って家具はしょっちゅう買うものではありませんがフィリピンはどうなのでしょうか。聞いてみたら「結構買う」との由。人口がどんどん増えている・家族家庭の数が増えているからかなぁ、増えていく時はこんなものなのかなぁと思いました。