少し前からあちこちで目を楽しませてくれる つつじ と さつき。 両者の見分け、これが意外と難しいのです。 車で走っていると、きれいなんだけどどれがどれやら説明できません。
5月に咲くから さつき、その前に咲くのが つつじ … だとかなんだとか諸説いろいろあって。
でもこの説明がこれまでいろいろ見聞きしてきた中で一番しっくりきました。 車で走りながらでは、一斉かパラパラかくらいでタイミングが悪いと判別しきれないと思いますが、歩きながら少し時間が取れるようなら両者を見分けられそうです。
少し前からあちこちで目を楽しませてくれる つつじ と さつき。 両者の見分け、これが意外と難しいのです。 車で走っていると、きれいなんだけどどれがどれやら説明できません。
5月に咲くから さつき、その前に咲くのが つつじ … だとかなんだとか諸説いろいろあって。
でもこの説明がこれまでいろいろ見聞きしてきた中で一番しっくりきました。 車で走りながらでは、一斉かパラパラかくらいでタイミングが悪いと判別しきれないと思いますが、歩きながら少し時間が取れるようなら両者を見分けられそうです。
働く広場 障害者雇用 2024.1 No 555 の掲載記事より。この記事著者作成の日本におけるパラスポーツ年表を転載させてもらいます。
もう少し前のことになりますが。以前勤めていた職場先近くでたまたま見つけた、こちらにおけるパラスポーツの連絡先。いろいろに取り上げられメジャーになってきたかと思っていたパラスポーツの事務所がこんな市中心部からは離れた交通も不便な場所で、奥に長く周りの建物とのスペースもなく日当たりも悪い築年数も相当に古い建物、もちろん常駐している人はいない所でびっくりの思いをした経験があります。
No Charity ,Bat a Chance ! 保護より機会を!
ここでは日本パラスポーツの父として紹介されている中村裕博士。 1960年にリハビリテーション研修で訪れたイギリスでの出会いが発想の転換を促し、その後の日本を大きく変えた人になります。 障碍者の自立を支援し社会復帰を目的とした 太陽の家 を設立した人でした。
社会が大きく変わる時期だったのかさまざまに取り上げられ、太陽の家 のことはそのころの私でも知っていました。
核兵器廃絶 平和運動は年中休むことはありませんが、2月末からのビキニデーの集会から始まり、今年も8月の原水爆禁止世界大会に向けての平和行進が各地で始まりました。 自身これまで何度も参加して来た平和行進。幼い子どもも含めて家族して参加したこともありました。まだ小さい子どもにどれだけのものが残っているか確かめようがありませんが、日々の生活の中で何かの折に触れて思い出してくれたらと思っています。
さて、その平和行進が最初は一人から始まったとは知りませんでした。 平和を望む人 何かしたいと思っていた人がたくさんいたからこそ広がり今まで継続してきているのは確かなわけですが、コロンブスの卵のように最初に思いつき行動した西本さんがすごかったということなのですね。