2018年1月6日土曜日

働く者に対する報酬は恵みではない


一人では行けない彼女を車で礼拝会場まで送って、母教会に行かずにそのまま列席することがあります。 

そうすると、日本の・私の教会の礼拝とはまた違ったスタイルでの賛美に触れ、そこで紹介される聖書の個所は勉強のし直しという感じがして感謝しています。

“勉強”なんていう言い方自体が日本人的。そんなこと考えずに、ただ感謝していれば好い事なんでしょうけど。 とは言え、これまでも読んでいたはず、それこそ勉強していたはずの個所が以前よりも格段に響いてくるのです。今まで何を読んでいたんでしょう、それこそ目には映っていたけれど頭に入っていなかった理解していなかったいう事なんだろうと思っています。



「ところで、働く者に対する報酬は恵みではなく、当然支払われるべきものとみなされています。」  ローマの信徒への手紙 44節   新共同訳 聖書 新約278ページ 日本聖書協会 

この一節が紹介、引用された時も衝撃でした。 社会保障を学び、トルストイの考え方『特に 「光あるうち光の中を歩め」 』やクリスチャンとして実践しなければいけない。陽明学や解放の神学を知っている者としては根拠を見つけたようで。

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