2020年7月11日土曜日

流言=重要さ×曖昧さ


数学や物理を見ていると、なんでも式に置き換えられるんだなぁ 公式という物があるんだなぁと思います。とはいってもまさか“デマ”(流言)なる物にまで公式があるとは知りませんでしたが、たまたま目にした「流言とデマの社会学」廣井修著を紹介している一文に、流言=重要さ×曖昧さ という公式を見つけてそう思いました。
流言=根拠不確かなまま拡散される情報 つまり、その人にとって その時の重要な事柄に対して不確かあいまいな情報しか示されない時に生じる根拠のない噂話(デマ)を流言と言うという事でしょうか。 
 今欲しいというタイミングで必要な情報が示されない時。それゆえに情報が欲しいという要求がより高まり、その渇望感から根拠不明確な情報だとしても取り入れてしまう。人は自分が聞きたい事を聞き 都合のいい情報を選択してしまうものという所に、今の個人でも情報発信の手段を複数持つ時代・社会で、当人は“善意”のつもりでもるといいかげんな噂・デマを広めてしまう当事者にもなってしまう危険性が増しています。 
流言の持つ機能 役割 という物も解説されていました。 社会を混乱に陥れる「社会的逆機能」。流言蜚語という事になるでしょうか。 恐ろしいと思うのは、これまで幾度も繰り返されてきた、“治安維持”の名目で流言を利用して人・社会をコントロールしようとする動き、その機能。 だからこそ遅れることなく正しい情報開示が必要という事だと思います。
 これまでの科学・技術の進歩は功罪両面、必ずしもイコール人類の幸福にはなってきませんでした。 デマがどのような時に生まれるのか。混乱期の感情的高まりの発散=噴出
 ただし発散することで終わることも多くて、発散が必ずしもパニックにつながるとは限らない という事も紹介されていました。 
 この公式ですっきりしました。けれど、じゃあそれでどうするか。 情報は適切なタイミングで正しく伝えられなければならないと改めて認識しました。ひとたびデマが流され誹謗中傷がなされた時私たちはどのような行動をとるべきなのか。 一見あふれているような情報も実はコントロール下にあり、個人情報を収集されている社会。こちらはスッキリしません。 それでも、ここ4050年の新自由主義の弊害がCOVID-19 下噴出している今まさに、正しい情報を手に入れ正しい選択をすることがこれからを左右する時だと感じています。

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