コンクリ―の境を通過した地域は、住宅や学校らしきものがあります。
聴けば、ここもカレン(人の)地区だそうです。
そう、道は違うけど先ほど像の孤児院に行くときにも通った地区です。
多くの白人がアフリカの人達から一方的に奪う態度でいた時に、地域に産業を起こし、正当な対応をしたということで、いまだにひたしまれているカレンさんがその居を構えていた地区です。
ナイロビ市内の家とここの家の感じ、家と家との間、
たくさんの木々とその木々がつくりだす木陰、なんとなく爽やかな感じがします。
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