2021年2月27日土曜日

 “頂きもの” という言葉の生きていた時代



昔々… 毎日()の子どもの お八つ は手作りでした。 思えば結構手の込んだものまでも、手間をかけて自分の家で作っていたものだと思います。 もちろんの事 家ごとに違いが有りました。何処の家でもどの地域でもと言うわけではもちろんありません。お八つそのものが口に入らない家庭も、おにぎりだったり蒸かし芋だったりいろいろだったと思います。 けれど今と違うのは、子どもの日常()のお八つを、今の様にお店で買ってはいなかったという事。もちろんお店も有りましたし、買うという事がないわけではありませんでした。 でもそのころお店まで行ってできているものを買うというのは日常ではない特別な行為=ハレ だったと思います。今とは商品(子どもの好み・流行)も今とは大きく違いましたし。

そのころは、お客様からのお土産→頂きものは一度仏様にお供え。そこまで行かなくとも、お客様をお通ししたお座敷の床の間に一度上げて、後でお下がりを頂くという、今となると奥ゆかしい所作の生きている時代でした。 じゃぁおもてなしはどうしたか。 気楽にふらっと。日常の近所づきあいと言うのももちろんありましたし、それは今よりもっと自然だったと思います。でも 気持ち新たにおじゃま(御邪魔)する、お客様を迎えるという“ハレ”となると双方手順を踏み、迎える側も準備をしてお迎えをするわけなので、手土産・お土産 頂きものをすぐ開けるという事はしませんでした。 ただ全くないわけでもなく、そんな時は 御持たせを頂きます と断って手を付ける事も無かったわけではありませんでしたが。 そんな時代でした。

2021年2月23日火曜日

「チャコイ」

 


 油で揚げたて湯気がもわもわと上がっているパンに白く輝く砂糖をたっぷりまぶした揚げパン。 もともとは、焼きあがってから時間が経ち硬くなってしまったパンを無駄にすることなく工夫した、と言うのが起こりだと思います。ですから同じように見える、揚げドーナツとは似て非なる物と言う関係になります。 先日たまたま目にして「こんなものもあるんだよ」と見せたくて、同時に私自身懐かしく思い買い求めてみました。 本来の物はコッペパンの大きさだったと思うのですが、写真の物 今回の物はそのミニサイズになります。 同様の物がフィリピンにもあるそうです。その呼名は「チャコイ」 日本は 揚げパン フィリピンは チャコイ と呼名は違うものの、ここにも日本と類似のものが有ったという事になります。 結局の所、何
処でも人の発想は同じなんだなぁと思います。 

 社会的には 無駄にしない工夫、生物としての人間としては 油と砂糖・甘さ への要求が深淵?

2021年2月21日日曜日

パン・デ・ココ その2

  


前に紹介した パン・デ・サール=塩のパン。経緯はわかりませんが日本でも“塩パン”なる物を目にしました。 比べると色つやが少し地味な感じはするものの、見た目大きさは瓜二つ。値段の方も5円ほど(フィリピンでは一個2ペソ)とまではいきませんが、一袋に20個入りで消費税を入れて約200円、つまり一個約10円と言う値段は今のご時世びっくり値段と言っていいのでは。 見た目の感じそして割った感じ口にした感じはバターたっぷりのクロワッサン等とは全く別物。けれど、食事 おかずを食べるためにはどちらが?と言うといい意味自分自体を主張しすぎない塩パンも悪くない選択なのではと思いました。

日本には昔から“塩飴”やら“塩羊羹”なる物がありましたから、この日本の塩パンも全く新たな発想でというものでもないのかもしれません。 それよりも、違いを感じたのがこちら。「ねぇ パンデ何々と言うのはほかにもたくさんあるの?」と聞いた返事が「他にはない」という事だったこと。 日本なら、人気が出たり なじみがある、名前の語呂が良かったりするとすぐにバリエーションを増やしたりするのにと思いました。だからまさか2つだけということは無いだろうと思ったので。

「パン・デ・ココ」の値段。「パン・デ・サール」の2ペソは、日本で言えばご飯だから単価も抑えられているのかなとなんとなく納得。が、「パン・デ・ココ」の方は甘い食味、ケーキの様でも高級感のあるデザートの様と言うわけでもありませんが違うんだろうなぁと思いました。 ところがこちらもパン・デ・サールと同じ2ペソだそうです。売っているお店は同様のお店、扱いも同じ普段普通に食べる物だからではないかという事だそうです。

パン・デ・ココけっこう甘いですよ。フィリピンの人たちは甘いもの好きなんだなぁと思います。 と ここまで書いてきて気づきました。フィリピンの他の甘味系に比べれば甘さの程度はやわらかい。そうするとデザートと言うよりはやっぱり主食よりかなぁ と。

2021年2月20日土曜日

パン・デ・ココ

 


以前「パン・デ・サール」を紹介しましたが、今日は「パン・デ・ココ」。 「パン・デ・サール」は日本語で言うと「塩のパン」。察しの言い方はもうお気づきかと思いますが「パン・デ・ココ」のココはココナッツのココ。硬いココナッツの殻の内壁の白い果肉を細い紐状に削り出し、この場合はさらに短くカットして甘く味付け、それをパンの餡として包み込んで焼き上げた物が「パン・デ・ココ」と言うわけです。

沖縄の甘さは黒糖の甘さフィリピンはコンデンスミルクの甘さ。以前私がフィリピンプリンとして紹介した「リッチェプラン」を初めて口にした時の強烈な甘さ。 今回の「パン・デ・ココ」の餡の甘さはそれに比べると少しおとなしい。コンデンスミルクと言うより普通に 砂糖を使ったの?と言う感じの甘さでした。 割ってみると、少しオレンジがかった湿り気の有る餡。この湿り気は砂糖がパンやココナッツの水けを吸い集めたものなのでしょうか。

2021年2月11日木曜日

2020年の言葉 「社会はあった」

私の2020年の言葉は COVID-19で入院した イギリスのボリス・ジョンソン首相が退院した時に発した言葉「社会はあった」です。

 2020年の言葉

私の2020年の言葉は COVID-19で入院した イギリスのボリス・ジョンソン首相が退院した時に発した言葉「社会はあった」です。

イギリスと言えば「ゆりかごから墓場まで」と言う、社会保障の歴史を語る上で有名な言葉の国。その国でと言うのも何かのめぐりあわせの様にも思いますが。1979年からイギリス首相を務めたマーガレット・サッチャー首相から始まる“新自由主義”の発想による民営化・営利企業の参入 社会資源の切り売り。 要するに、国のリーダー自らが「社会は無い」と言い“公共”を否定。自身を・責務を放り投げていたのがこれまでだったのです。(イギリスと言えば、有形無形を問わずパブリックの国のイメージがあったのに) その流れをくむジョンソン首相がNHSの制度で入院。一時重篤な状態だったとの由ですが、幸い回復し退院できた時の言葉です。 イギリスは世界でも5番目に感染者が多い国であり(上位にはアメリカ合衆国 ブラジ インド ロシアの名前が並ぶのも深い)死亡率も他より高く、ヨーロッパ諸国の中で最多10万人を超える死者を出しています。 検査・追跡システムの整備が遅れた 外出制限導入・解除のタイミングを見誤った
水際対策が不徹底だったと共に。保守党政権の下で医療体制の弱体化、結果の一つとして健康格差が進んでいたことが原因として挙げられています。 因みに、過去10年で国民保健サービス(NHS)の予算の削減額は、2015年~2020年の間に国民一人当たりの公衆衛生部門の支出は約4/1に。2010年には14万4千床だったものがCOVID-19流行直前には122千床に減少してしまっていた。看護師の定員割れは4万人。緊縮政策による看護学校の授業料有料化により応募者が激減。低賃金、長時間労働で医師・看護師の早期退職・国外脱出が続いているそうです。 また公衆衛生の専門家によると、貧困地域で心臓や肺に疾患を抱える人が増えていたことが、ウイルス感染による死者の増加に拍車をかけたという事が報告されています。


2021年2月6日土曜日

ナカポツ

 


これは一般には知ることも必要とすることもない存在かもしれませんが、でも障害を持ちかつ働こうとした時にはぜひとも訪ね手助けをしてもらった方がいい、覚えておいた方がいい機関 仕組みです。 途中に「・」が入っているので通称「ナカポツ」と言われているものです。 でも正式には「障害者就業・生活支援センター」と言う名前の物です。

天気記号

 



気象番組では色形を含めて様々に工夫された絵に動きも加えられた記号・キャラクター(?)を使いながらによって予報が各テレビ局ごとに伝えられています。 それに対してこちらは気象庁による天気図記入時の公式の記号という事になるでしょうか。 見てみましたら考案されている記号の種類はこれよりももっと多く記入記載のルールも定められています。 でもそこまで知らなくとも、夏休みの絵日記を書くときなどにはこれで足りるでしょうか。備忘登録です。