2011年12月19日月曜日

メジャー マイナー の別の言い方


dur=デウアー=長調=メジャー

moll=モール=短調=マイナー

2011年12月18日日曜日

Fさんからの31日目のメール  → 大変なときは頼ればいいのよ


~私は、生活面で自立できていないし((親に支えられている面があります。)~
もう最後と言ってもいいEメールの一部です。

私としてはよくよく考えての気持ちを伝え Fさんも ~あの場では嬉しかったのは本当なのです。~ と受け入れてくれたのですが、その後いろんなことを考えさせ心配させ苦しませてしまったようなのです。

遅くに着信したので私がこのEメールを目にしたのは翌朝になってしまいました。

書き上げるまでずっと考え書き上げた後も、もう何年も足を踏み出せずにいた私がやっと一歩を踏み出しある意味解放された思いで横になっていた同じころ、Fさんはまんじりともせず朝を迎えたことでしょう。

 私の気持ち、言ったことに嘘はないけれどFさんをびっくりさせ辛い思いをさせてしまいました。





 ところで“自立できていないし親に支えられている” 大人になっていない 親に頼っている …。 この言葉。

書いたかもしれないけど、Fさん歳がわかりませんでした。 この間教えてもらって初めてわかりました。

NHKEテレの「ハートをつなごう」にでていた若者たちも一様に若かった。よく言えば純。 でも実年齢を聞いた後では幼いと言ってもいいくらいに感じられました。

通じるものがあるのでしょうか。
Fさん、実年齢よりも56歳から10ちょっと若く感じていたのはそれがあったのかもしれませんね



でも大変なときは頼ればいいのよ。 頼れる人になら頼ればいいのよ。

調停委員の姿勢


ずぅっと私の中では釈然としないものがあり続けたんだけど、気にしながらも触れられませんでした。



明らかになってみたら、転校をはじめとして各種手続きがすんでいて、これから話をしてという状況ではありませんでした。
そして言われるままに同意していたのに突然送られてきた調停開始の通知。

 その中で明らかになってきたことの中の、子供の親権も既に決まってしまっている・書き込まれている書面。

数年前から具合の悪かった私はそれを目にしてもう抗う気力もなくとどめを刺された感じでした。もう今更私にはどうしようもないと思いましたね。





それはさておき、今日ここで言いたいのは「家庭裁判所・離婚調停、離婚調停員」のこと。



一番理解してもらいたい人に理解してもらえず(以前書いたように、眠れない とやっと助けを求められるようになったとき よく寝てる!と全然受け入れてもらえなくそれ以降話そう 聞いてもらおうという気力がなくなった)、主治医には今の(病気の)状態で重大な決断は避けるようにといわれていました。

調停員の二人にそれを伝えてもぜんぜん聞いてくれませんでした。

最初の何回かは、今は決めるのは許してほしいと訴えていたんですが、それが聞き入れられるわけでもなく、次の調停日もおなじところから話が始まって提案されたことに私が同意しなければことが全然進まない話が進展しない。

 一目で年齢的にも人生経験を積んできた人であることはすぐわかりました。社会的にも名士と言われる人たちなのでしょう。

でもこの人たちには“離婚調停成立”以外の着地点を何とか見つけようと言う姿勢はありませんでした。

こういう進め方で良いものなのでしょうか。離婚成立も選択肢の中の一つということから始められないものなんでしょうか。

調停というのは人生経験を活かして間を取り持つとかすり合わせるというものでは全くないものなんでしょうか。

これでは、最初から決まっている結論以外には何もなし でしかありません。

離婚も選択肢の一つとして、修復・再出発という視点はそもそもないものなんでしょうか。



ドラマにもなった「家裁の人」とか「ジャッジ・島の裁判官」なんかを思うとほんとに感じます。
  それを見ると、もちろん全部が修復されるわけではなく、ダメなものはダメ。だけど別の道を歩みだすにしても 新たな気持ちで再出発していましたねぇ。

従軍慰安婦 という言い方は 本質を見えなくしています

  日本政府に謝罪と賠償を求めての水曜デモが、20111214日、19921月に始まって以来1000回になったという報道がありました。

1000回というそれだけでも大きな到達の上に、今年の8月韓国憲法裁判所が「“慰安婦”と在韓被爆者の賠償請求権について韓国政府が措置を講じなかったのは違憲」という結論を出した後ということ、被害者を象徴する少女像が在韓日本大使館前に設置されたということもありこれまで以上に大きく取り上げられたように感じます。

 対する日本政府の反応は素早かったですねぇ。

 
気にしていることにふれられるといやなもの。 

 身構えるというか体を堅くするというか、今回の日本政府の対応を見ているとまさにそういう感じですね。 

  認めないから、責任を果たさないから、いつまでも言われるんですよ。

 


 ところで。
 報道では“従軍慰安婦”と言う言葉が使われていましたけど、この言葉やめた方がいいと思います。

 この言い方をするからいつまでも多くの日本人に本質が見えないんじゃないでしょうか。

 韓国・広州市のナヌムの家を訪問したとき(20109)「国連を始め世界的には人権問題として 慰安婦ではなく性奴隷という言葉を使っている」と説明を受けました。 

 確かに性奴隷という言いかたの方が事の本質を的確に言い表していると思います。


 日本以外、外国で伝えられるときは性奴隷=セクシャルスレィブ。でも日本国内では“慰安婦”。
 日本の良くない言い換え「自衛隊は自衛隊であって軍隊ではない」と同じパターンですね。 


 この“慰安”という言葉。会社の福利厚生の一つとしての慰安旅行・社員旅行の事を言うときにも使うけど同じレベルのことではないでしょ。
 事は同じ言葉を使って良い事!

 
 6070年前にこんなにひどいことを企てた人は軍隊・兵隊への福利厚生の発想でやったとでもいうの。
 相手のことをぜんぜん考えてない。相手の痛みをぜんぜん感じられない。
 そのレベルの人権意識なんですよ。

今からでもいいから、本質を正しく認識するために従軍慰安婦ではなく本人の意思を無視して強制された性奴隷=セクシャルスレィブといういい方に変えるべきですね。

2011年12月17日土曜日

事実と国民から乖離しか生まない 野田首相の原発事故収束宣言


エンジンをかけ、ちょうどニュースの時間だったのでカーラジオを付けました。

そしたら「ニュースの時間ですが予定を変更して・・・」何事!! 

ドキッとしました。



理由は福島第1原発事故に関して原子力災害対策本部本部長でもある野田首相の記者会見でした。

事故収束への工程表(自分で決めたもの!)のステップ2を達成したので「東京電力福島第1原子力発電所13号機が冷温停止状態になり事故が収束した」と宣言したのです。

自分が決めた条件を達成したのはそうなのかもしれないけれど(本当はそれ自体も依然として測定箇所・機器が不十分なのになぜそう言い切れるのか疑問です)、それと“原発事故収束”はイコールではないでしょ。

爆発を起こし、まさに爆発的に放射能を巻き散らかしたレベルとは格段に違うとは言え、いまだ放射能は放出され、地域的広がり・日常生活への影響はあちこちにより深刻さを増しているのに。

避難住民の帰宅なんかは思いもよらない。

廃炉には野田首相でさえも40年といっているし、高レベルはもちろん低レベル廃棄物の処理も大きな問題になっている。

厳しい規制後に報道される原発の絵を一目見るだけでも解決していないことは一目瞭然なのに、どういうつもりなんでしょうね。


 指摘が相次いでいる“政治的思惑・判断”でなければ出せない宣言だとしか思えません。
事実、そして国民との乖離は広がるばかりです。

1-15-31 お昼ご飯前のアドバイス と 2階への階段

これからお昼ご飯です。
食べるのは2階の図書室 兼 会議室 兼の食堂。


「お便所はお昼の後にした方がいいですよ」とNガイドから表情付きで言われました。
「どんなにすごいのか!?」怖いもの見たさ 何でも見てやろうの気持ちもあったけど、幸か不幸か もよおしていなかったのでアドバイスに従うこととします。

2階へは、日本のお城にある“武者走り”のように急な階段で上がります。

この階段。上るときはつま先が入るからまだしも。降りるときは、急な上に踏みしろが少ないので、頼りないパイプの(直径も細いけれど、なにより根本の固定部分が弱そうで)手すりに捕まりながらゆっくり降りるか、後ろ向きで降りるしかないしろものです。

私、さっき建物を案内してもらったときは、パイプを握ってわずかな踏みしろに踵を引っかけて降りました。