2016年5月26日木曜日

サバイバーズ・ギルト=生存者の罪悪感


サバイバーズ・ギルト=生存者の罪悪感 
 

亡くなった方たちはもちろん一番の被害者、無念の思いだったと思います。けれど本当に紙一重の差で生きながらえた人のその後も実に辛い。
生きているからこその辛さ。自分の中の亡くなった方への思い、そして生きていく最中での行い、ある意味生き様すべてが白日の下にさらされ注目もされるのですから。奇異の目でも見られ、辛くも切ない日々を送らざるを得なくされてしまったわけですから。

2016年5月17日火曜日

哲学を切り口にした “宇宙”


現在のように科学が細分化専門化するはるか前から、まだ哲学にそのすべてが内包されていた時から人は主題として人間そして“宇宙”を探求してきました。

今、科学の進歩によりわからなかったことがどんどん証明・明らかになってきています。けれど一つ明らかになるとそのことによって、また新たな課題が生まれ 仮説 証明が必要になるの繰り返しです。まるで、科学の進歩によって神の領域が狭くなるのではなくこんなことが成り立つのはまさに神のなせる業と思ってしまうように。人間の探求心はとどまるところを知らないけれど。
 

先日ある文章の中に、ゲームの世界。そのゲームの世界の中でも最も古いといわれる囲碁も、碁盤が地を表し碁石が天を表すというように宇宙を表しているという文言を見つけました。
備忘録としてここに記します。

 碁盤が地を表し 碁石が天を表す 白と黒からなる碁石が陰陽を表す

 そしてこれは私の解釈になるけれど、路という碁盤にひかれた線は場所 形時間の流れさえも表しているのではないかと思っています。

2016年5月12日木曜日

P3 15-10-20 暑い暑い


今回(4月)は暑い暑いとあえいでいた前回(3月)にさらに増して暑さが身体に堪えました。けど、訊いてみたら一番暑いのは今ではなくて67月頃が一番暑いかなぁと。

このたびはさすがに地元の人たちの額にも玉のような汗が噴き出していました、きつそうです。実際今でもこんなに大変なのに6月になったらどんなに暑いのでしょうか。それはそれなんでしょうけど想像できません。

 

その暑さに加えて普段大人3人と5歳の女の子の4人で暮らしているところに、お祝いに駆けつけてくれた人たちを合わせると20名を超える人間がまさに肌触れながら雑魚寝したんですから普段そんなこと経験したことのない人間がよく眠れるわけがありません。

お客様に広い部屋をということなのか私が寝かせてもらった部屋は確かに一番広いんだけどエアコンのあるたった一の部屋とは別のところ。テーブルと椅子をどかして場所を作り床にマットを敷いて大人の男が4人、ある時は5人が寝ました。部屋の一面にしか窓がなく、それもカーテンが常に引いてあり、同じ面の出入りのためのドアも夜は占めてしまうので風が全然通りません。そんな部屋の、たまる一方の熱気をかき回しているだけの扇風機が一晩中フル稼働。おなかが冷えるといけないなんて心配は全く必要なし。

玄関先の土間で寝ている人、逆算すればもっと大勢で一緒に狭い部屋で横になっている人たちがいるだろうことはすぐにわかること。気を配ってくれていることはほんとによくわかるので、暑い よく眠れないというのは確かにそうなんだけれど恐縮こそすれそれ以上の(悪い)気持にはなりませんでした。

2016年5月11日水曜日

P2 16‐3‐7 路上で水遊びする子どもたち


 
今のところこのような場面に遭遇したのは後にも先にもこれ一度だけですが、まさに暑い時 暑い所・国 加えてその国の中でも場所は高級住宅街ではないというイメージ通りのお約束場面・画を目にしました。

 ここは近くに官庁もあり商業施設もある、見てわかるように高層ビル群もある場所ですが、同時に 古めのアパート様な建物 わきに目をやると住む人たち地域の人たちが勝手に建てちゃってるのかなぁと思っちゃうようなちゃんと建てられていなくてしっかり縁取れないような路地というか建造物が混在しているところです。

周りの大人はもちろん、ポリスじゃないのかなぁと思う制服姿の男性3人も制止するどころか声もかけずに脇を通っていきます。

消火栓って子どもでもたやすく開けられるんでしょうか。この場所でこのようなことをしていても取り立ててとがめる範ちゅうに入らないのでしょうか。結構な水量に見えたので消火栓なんて言っていますけれど車を止めて確認しに行ったわけではないのでこの水の流れてくる先が消火栓なのかどうかわかりません。脇に見えるのがごみを集積しているところのようみたいですし、きれいな水なのかどうかもわかりません。でも子供たちははしゃいでいるし結構な水量です、こんなに派手に出していたら水がもったいないと思わないのでしょうか。 こんなに暑いんだから子どもも水を浴びたくなるよなぁ という感じで見ているのでしょうか。 
その時はとっさにシャッターを切っていましたが、今写真を見返してみると少し複雑な思いになってしまいます。



 

2016年5月10日火曜日

14-11-6 カフェ山甌


お昼はカフェ山甌でということになりました。

山甌への道は私たちが乗ってきたバスは入れないとのことで県道わきから歩いていきます。歩き出した道は下る下る、身体を持っていかれる結構な下り坂です。今下るということは後で上ることだよなぁと少し気が重くなります。

舗装された道は、今聞いたほど細くもないじゃないという印象。でも確かに中央線が引けないくらいの幅、幅ではなくて地盤が悪いのかな。 茂った木々の山肌を一段削って通したのだろうかという道の片側はずぅっと下の川筋まで木々が茂っています。木々の植生が違います。その木々のハザマ越しに川筋が望めます。

最後舗装が切れてお店に到着しました。駐車場?広くなったところに昔懐かしいタイプ2のキャンパーが停まっていました ご同類?  車来るんじゃない!どうやら禁止ということではないようです。環境保護のため制限しているということなんでしょうか。

初めて目にするお店の外観は背も低い小屋といった感じ。正直今日ここへ来るまでこのお店のことを知りませんでした。でも、危険なヘリパッド建設をとどめようと続けられている座り込みを支援する人たちがこの高江で立ち寄るちょうどいいお店だと思いました。

外観も少し回り込んだらいい感じでしたが、中に入るとイメージ一変。 自然の傾斜をうまく使って階段状に部屋が作られ席が設けられていました。少しずつ付け足して大きくしたからこうなったのかアリの巣みたいな感じ、ちょっとした迷路です。使われている素材から言ってもカフェと銘打ってはいても都会のカフェとはずいぶん違います。

私たちはその階段状に設けられている席の間を抜けて、朽ちて踏み抜いてしまいそうな階段を下り(一部ほんとに踏み抜いてる段がありました。断面を見ると緑色に腐ってぼそぼそ。)川筋をまたいで設けられた水音も涼やかな一室に通されました。背の高い木々の作る影になり涼やかに抜けていく川風が心地よく日差しも強くどちらかというと乾燥した先ほどの感じから一転、基地前の座り込みの場から離れたということもあってかほっともしたし生き返りました。

 

ハーブを聞かせた野菜カレーと飲み物で一息入れた後お店の中を見て回ったら、ナイロビのキベラにあるマゴソスクール支援活動 講演会での演奏で何度も一緒させてもらったカリンバ奏者のヒロミさんのCDを発見。 思わず雪音さんに声をかけてしまいました。前からのお友達なんだそうです。繋がるもんですねぇ。

続いて小箱に収められた小石を発見。このあたりとしては特段に珍しい石ではないようですが、子どもが学校から帰ってくる道すがら拾ってきたものだそうです。1020円の世界ですが子どもたちのおこずかいになるんだそうです。買う人がいるんだろうかとも思いましたが、こんな裏話を聞くと見え方が変わってきます。一つ買ってしまいました。チャリン

 こんな風に見て回ってすっかりファンになってしまいました。惜しむらくは、ここでの営業が今年いっぱいとのこと。ご主人が別のところでやっているお店が忙しくなって と。ここに暮らし、ここで営業し大勢の人が来るというのに意味があるのになぁと残念に思います。繁盛してというのは本来喜ぶことなんだけど雪音さんも少し残念そう。

私も残念に思いました。生活・経営を考えるのは大事なことだし他人がとやかく言えることではないかもしれません。でも運動として今までここでがんばって来たと考えると残念な気がします。

2016年5月9日月曜日

14-11-6 ヘリ基地反対協共同代表Aさん


ヘリ基地反対協共同代表のAさん、この人はもう結構有名な人。力強い声、聴きやすく理解しやすい話し。どんな仕事を生き方をしてきた人でしょう。 その話し方に高ぶった感じはありません。

同時にご家族から見たら日日の暮らしで苦労を掛けていたんだろうなぁと勝手に思ってしまいます。そんな人 家族を幾人も見てきましたから。その人たちは皆誇り高い生き方を送っていますけれど苦労しただろうなぁと思います。

人生には何度か決断を迫られる転換点があります。その一つ一つでの選択が今に至るわけですが人はどこでどのような道に歩みだすのか、自分で選択し 見えない力に選択させられる。同じように歩みだしてもいつしか別の道を歩いてしまうこともある、人の生き方ってそんなところもあるのやもしれません。

 

先頭に立ちみんなを引っ張っていく人も必要だと思っている私、こういう人がそうなんでしょうねぇ、そして私は正しいことには最後でもいいからついていきたいと思っています。

とほほなわたし


今写真の整理をしています。
写真の彼女はその表情たたずまいすべてが好ましく、諸手続きのため来日するのはまだまだまだ先のことになるけれど一段と待ちきれない思いになります。

写真を見ていてその日の幸せな気持ちを思いもう一つ気づきました。式の前と後での彼女の感じ雰囲気が何やらちがっているような・・・  かの国の実情、生い立ち・・・  私の望みでもあったわけだけれど、神と会衆の前で契約を交わしお付き合いしている女性から正式に妻となったからでしょうか。どっしりしたというか 落ち着いたというか、女の人というものはこういうものなのでしょうか・・・

とはいえ、彼女の一挙手一投足、彼女も含めてみんなの喜ぶ表情を見ていると、掛け値なし素直に喜んでくれているのがほんとによく感じられ。こんなに素直に正直にかっこつけずに喜んでくれる人たち彼女と縁ができたと思うとありがたいことだと思います。 彼女を幸せにしなけりゃと思います。

 
それに引き換え 式の時の私は 何とも“とほほな私”。 こういう時は女の人のほうが腹が座るという感じなのかなぁ。

2016年5月3日火曜日

14-11-6 東村高江 Mさん


米軍北部訓練場 ヘリパッド建設中止を求める座り込み テントで地元のMさんがお話をしてくれました。そのお話では、正直、これまでに知りえた情報 特にここへ来るまで車中で見せてもらったDVDで知った数字的なものや経緯に関して以上の 初めて聞きました というようなものはなかったように思います。

けれど、すでに長期間にわたり私たちのような遠方から来た支援者への説明の機会も何度も経験しているだろうにいい意味でいまだ決して手馴れていない話しぶり、座り込みにかかわるようになった経緯 座り込みを継続する困難さ、ここに生まれて暮らしてきている人だからの困難さそして途中であきらめないぞという冒頓とした穏やかとさえ感じる中の不退転の決意というものを感じることができて、途中で投げ出さない運動ってこういうものだよなぁと再認識することができこれが得難い体験でした。

かえってそこに住まず遠く離れている人たちのほうが 危険なヘリパッド建設絶対反対 なんて威勢よくこぶしを振り上げたりしてかつ途中でほかのことに関心が移ってしまうなんてことに往々にしてなるものだと知っているので。 

 

私としては好印象

巻原発住民投票その後の町長選原発建設計画中止に至る日々を思い出しました。

性格の不一致


“性格の不一致” 実に便利な言葉。ただし 日本(人)的に。

縁あって結ばれたのに何が災いして別れることになったのか。実際のところは他に本当の(もっと具体的な)理由があるし、この言葉の理由だけでは実際のところ離婚は認められないということだけれど、離婚にまつわっては実に便利な言葉。「どうしたの?なんで別れたりしたの?」と問はれた時に「性格の不一致で…」と語尾不明瞭に答えれば「これ以上は聞いてくれるな」ということになるのです。日本的に言うと暗黙の了解というものですね。

 

このたび二人が結ばれるに至る過程では実に様々な手続き・提出物がありました。その一つ一つは自国民を守るということで言うと至極当然のことと私はある意味感服しているけれど大変でした。 特に私のほうに結婚して離婚したという過去があったものだから有形無形で大変でした。

正直触れられたくないこともありました。 別れた理由は?子どもは?・・・   聞き取りで設問を埋めていくとき彼女も含めてみんなのいるところで答えることになってしまったときはさすがに口ごもってしまいました。 わけもなくではなくちゃんとした理由があったのですが今更思い出したくない口にしたくないことだったので躊躇して間が開いたのです。そしたら一緒に行った(日本の)人が「性格の不一致としておけばいい」と言ったのです。 そしたらそのとたんほんとに場の雰囲気が変わったのです。風の抜け道がなくて熱がこもり熱い室内が一瞬で凍り付いたのです。恐ろしい感じでした。

言葉を通訳していてくれた人がこういいました。過去に性格が合わないという理由で別れたということは、また性格が合わないという理由で別れることになるかもしれない とすごく心配になるのだそうです。私としては恥ずかしいし今更口にしたくないことを説明したら それならいい ということになりやっと収まりましたけど。

 

性格の不一致 日本人にとってはある意味すごく便利な言葉だけれど、確かにあいまいな言葉。そこが文化の違いというか。日本なら この先は触れてくれるな を惻隠の情とやらで感じ取るのが良しとされそれで収まる日本と、納得できるちゃんとした事情が聞かされないと納得できないという違い、冷や汗を流しながら感じた次第です。