2019年7月24日水曜日

情報が手に入らないからこそ不安になるのです




その後(20163月の中間報告後) 福島県県民健康調査検討委員会はつい先日の(201978)甲状腺検査評価部会の「放射線被ばくとの関連は認められない」とするまとめを了承するに至りました。 この展開は「やはりこうなったか」としか言いようがありません。 

そもそも最初から「関連は認められない」という結論ありきでした。ところが事故当時18歳以下だった38万人を対象にした検査結果が、中間報告によると「男1:女7の比率の物が12以下になっている(チェルノブイリと同じ)」「もともと100万人に一人と言われていた小児甲状腺ガンまたはその疑いありが174人見つかった」ということで大慌て。 調査をすれば不都合な数字が明らかになるという推移に、福島県小児科医師会の「調査が県民に不安を与えている」という要望を受けて(要望させた?)調査そのものを縮小の方向に、ひいては福島第1原発事故(事件)の被害も過小評価・うやむやにしてしまおう、そしてこの度の「関連は認められない」報告に至ったわけです。 原子炉建屋の水素爆発、メルトダウン直後もSPEEDI=緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク(System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information)の報告をわざとしないでレベルの高い方向へ住民が避難したのも事実を知らせると住民が不安になる  からでした。「調査が県民に不安を与えている」あなた()が心配しないようにしてあげましたよ このたびも同じ口実が! 要らぬお世話です。県民が不安を覚えるのは、調査することに対してではなく、事実が明らかにならないまま一体全体何がどうなっているのかわからない 情報が手に入らないから。事実に基づいた対応が示されないままに、なかったことにしようとしていると感じ取れるから。かかわった人が責任を取らず 義務を果たさないから。 今回の事も日本の悪い一面のお定まりそのものに推移しています。

2019年7月21日日曜日

心にあるまま話すことのむずかしさ


“ニュース”という事では古い記事になってしまいましたが、*福島県県民健康調査検討委員会の清水一雄 評価部会長(日本甲状腺外科学会前理事長)が「部会長の立場では自分の意見が言えない」という理由で部会長の職を辞するとして辞表を提出していたことが北海道新聞20161021日付で公になりました。

(*福島県が東京電力福島第1原発事故の健康への影響を調べる目的で設置した機関)

その起因となった出来事は、事故当時18歳以下だった38万人を対象にした検査結果の中間報告(3)「男1:女7の比率の物が12以下になっている(チェルノブイリと同じ)」「もともと100万人に一人と言われていた小児甲状腺ガンの ガンまたはその疑いありが174人見つかった」ことから、数字上多発しているのは間違いないので中間報告としては「まだわからない」とすべきところを「総合的に判断して、放射線の影響とは考えにくい。」としたことだそうです。 調査の結果統計上の平均の数十倍という結果が出ていたにもかかわらず「影響を考慮に入れながら慎重に検討すべきだ」とすべきところを「総合的に判断して、放射線の影響とは考えにくい。」と結論付けたことが問題。全く以て同感です。 そのうえでここで言っておきたいのは「本来取りまとめの責任者なのに」「部会長なのになんで言えないの」「言えばいいのに。」という事。 反対する人異を唱える人をわざと役に着ける取り込んでがんじがらめにして口を封じてしまうという事は実際にあるので「部会長の立場では自分の意見が言えない」という事はある話だとわかります。パワハラ 上下関係 声の大きさ正しいかどうかではなく勢いで負ける なんてことさえあることを知っていますので、改めて 信ずるままに話す 信念をもって話す 時には 空気が読めないなんて言われたとしても心にある事を思うままに話すことのむずかしさを感じています。

2019年7月20日土曜日

P  楽しみ方を知っているフィリピンの人 2/2 おもてなしの作法


   

先日今年のJCOBBBQが終わりました。私が参加するのは2度目でしたけれど、今回は参加者が前より少なかったように感じました。 ところが、BBQの食材が次から次へと出るは出るは私の口からは「すごいね~」という言葉しか出ません。いったい何人規模を想定して準備したの!?と心配になるほど。 持ち寄りのごちそうもたくさんありましたし。 結局、そこまででも余るほどだったBBQしたものも 手を付けるまで行かなかった食材もみんなが“お持ち帰り”。 日本だったら、足りないのも困るけれど、このようにあまりにも余り過ぎるのは「何を考えて準備
したんだ!」と言われるのは必定。 あるだけ… とか計画性がどうとか好ましくない話を知らないわけではありませんが、それはこういう展開を目にして言うようになったのじゃなかろうかと思いました。 でもその晩からどうも気になって考えてみました。食習慣・食文化、おもてなしの文化・風習もお国柄。 準備としては無駄なくというのが正解(の一つ)。でもおもてなしの作法としてはお客様に、余るほど「あなたが来てくれてとてもうれしいです。」の表現として食材を用意するというのも正解だと思いました。そういうおもてなしの文化 風習で言うと他所でもありますしね。 それで言うと、私は最高のおもてなしをしてもらったというわけです。

P  楽しみ方を知っているフィリピンの人 1/2 パーティ文化  


姪の誕生日を隣近所の人たちにも祝ってもらうパーティの時。フェイスブックで目にする呼んだり呼ばれたりにも“この人たちは遊び方 楽しみ方を知ってるなぁ”と思います。   

準備も手慣れたものです。姪のお祝いの時は、バスで一晩、エアコンバスだと800ペソもかけて親戚の人が何人か手伝いに来てくれました。 食材は痛むと悪いので近くなってから買い出しに行ったのですが、その量たるやワゴン車の荷室に積み切れなくて膝の上にも食材の入ったダンボールを抱えて帰って来たほど。 調理は当日朝早くから居間のテーブルで下ごしらえ。火を使う調理は、台所はもちろんコンロを持ち出して玄関先でも延々と。 日常にこういう需要も特別なことでもないのか、テントやテーブル イスそして大型のカラオケ機械 使い捨てのできるプレートやスプーン フォークといったパーティ用品一式。映画なんかでは結構目にするパーティの時のタレント・この時はピエロの人たち、用意した小道具 飾りつけ。一式を運んでくるのは荷物運びに特化したトライシクル。レンタル用品が来るまでは男女ともに大忙し。 ロンピアなどの揚げ物の量も半端じゃなかったのでその番の人はまさに汗びっしょり。ビーフンを使ったパンシット係の人は上半身裸で何人分作っているのか、“肉体労働”と言った感じ。でも準備の時からみんな楽しそう。 夕方が近ずくと子どもも大人も集まりだします。順番にごちそうのプレートと飲み物が渡され、席に着きます。小さな子は前の方の小さな椅子、大人は後ろに陣取ります。日本と色使いが随分違う大きなケーキも登場。 良くも悪くも“およばれ”と言った感じの日本の誕生日パーティとはずいぶん違います。準備をするところから、参加しての楽しみ方までせっかくの集まりを精一杯楽しもうという感じが伝わってきました。

2019年7月18日木曜日

ストックホルム国際平和研究所 2018年軍事支出に関する報告(2019年4月29日発表)


小さな囲み記事で、スウェーデンにある「ストックホルム国際平和研究所」の2018年軍事支出に関する報告(2019429日発表)を見ました。小さい扱いでしたので、他にはどのようなことが発表されたのか補足の意味でウェブも見てみました。 それ等をまとめてみますと。 支出軍事費の第1位はアメリカ合衆国で6,490億ドル 2位は1994年の約10倍の2,500億ドルだった中国。これがどれほどの物か全く実感がわきませんが、この2カ国で上位15カ国の軍事費支出総額の半分を占める規模 金額だそうです。 以下サウジアラビア インド フランスと続いて、ロシアが2006年以降初めてトップ5を外れたとのことですが6位に。 日本は9位で466億ドルだそうです。でもこれはどうでしょう、後年度負担と言うつけ払いや維持費のあつかい、アメリカ軍の肩代わり分もありますし実際はもっと上なんだと思います。まッそんな風に拾っていくと他の国々も実はもっと多いという事になるのでしょうけれど。それにつけても想像もできない数字です。 もっとかみ砕いて具体的に、戦闘機1機で病院がいくつとかいうふうにするとほんのいくらかでも想像ができるというものでしょうか? 戦闘機だけじゃありませんけれど、世界の軍事支出18,220億ドル(2017年度比2.6%増)を戦闘機で換算すると何機になるのか、そうすると病院がいくつという事で考えられるのでしょうか。いやいや またわからなくなってきました。 とにかく、これだけのお金を正しく使ったならば世界中が平和になるんでしょうに。『「チャーリー・ウイルソンズ・ウォー」が頭に浮かびました』人殺しと破壊の戦争よりよっぽどいい使い方だと思います。 戦争をなくすための戦争 戦争をなくすために戦争をする なんておかしな話はなくなるんじゃないでしょうか。

2019年7月15日月曜日

P マヤマン




実際に農作業をしているところを目にすることはできませんでしたが、聞いたところでは田植えは手植えだそうです。先にも書いた通り農作業はまだまだ人手に頼る人海戦術、機械化はまだまだの状態。ですから、トラクターを使っている農家の人達のことは特別に“リッチ”という意味のタガログ語でマヤマン・MAYAMANと呼ぶそうです。 

ところで、日本では今や珍しくなくなったトラクターですが、高度経済成長期以前は馬や牛がとても大切でしたし、農作業は大勢の兄弟・大家族が大前提でした。昭和30年代半ば以降(西暦で言うと1960年くらいから後)産業構造が大きく変わり2次産業が盛んになり工場で多くの労働者を必要とするようになり人(労働力)の大移動が起こりました。それで人のいなくなった地方・農村では機械の導入をせざるを得なくなったのか時代だったのか。 トラクターがなかったわけではありませんでしたが、区画も狭く規模も小さいつまり購入資金も乏しくトラクターは能力を持て余す、それでまず発動機・その動力を活用しての耕運機なるものから始まって機械化が一気に進んだと私は考えています。 フィリピンの農業の機械化は必要不可欠ですが、小規模農家が多くを占めている現状を考えると、耕作機械を導入するにしても前提として政策の充実が必要、そのうえで後の維持管理のことを考えるといきなり大型機器を導入するのではなく小型農機具からという段階を踏んではと思っています。