2010年11月30日火曜日

2010年湖北省京劇院訪日公演

 2010年湖北省京劇院訪日公演に行ってきました。
会場は、先日の「ワトト」と同じところ。
 ホワイエは係りの人も忙しくしていたしまあそれなりの賑わい。客席の賑わいは、一部2階席もある客席数1700有余の内の5分の2位いかなぁ。
 会場の作り・色合いが中国の建物・京劇用の舞台でないのと相まって、賑わい華やかさが今一つ物足りなかった。ちょっと寂しい感じかな。

 それでも衣装や発声、独特の楽器の音色や乗りの違いなどを、観たり聞いたり感じたりすることができました。
 中国まで行って、本場の舞台を観るとまた別物なのだろうけど、社会情勢も含めてなかなかそうはいきませんのでね。

 さて今回の京劇公演を観賞して、足の運び、膝の位置で気づいたこと感じたことを。
 公演が終わって、紹介・挨拶で舞台にでてくるときは普段の私達の歩きと変わらない足の運びだったけど公演中は違いました。
 身を時にはクルリと翻すような大きな動きのある殺陣、演技上必要な動き以外は、速さは変わりますけどいつもすり足。膝下だけを跳ね上げて膝の位置そのものは変わらない動きさえありました。
 たまたま今回がだったり、的外れのことを言ったり考えたりしているのかもしれないけれど。
京劇は、社会的身分の高い人、権力の中心・中央、に地理的にも社会的にも大変近いものなのかな、と考えました。
 日本でも雅楽(舞)の時の動き、琉球王朝に関する舞踊の動き・足の運びは、飛び跳ねるなんてことはなくてスリ足、膝の位置もいつも一定ですものね。(琉球の踊り、足を運んだときつま先が“ぴょこん”とあがるのが印象に残っています。)
 同じだなぁと想いました。
 身分制度が強く作用していて、かつその中心に近いほど、中心の人のために踊られる踊りは、動きとしては足の位置が低いとゆうか足を高くあげることがなくなるんですよね。(そうゆう見方、尺度があります)
 逆に、“中央”から離れているところでは、飛び跳ねる踊リが観られますね。青森のねぶた・ねぷたなんかは良い例です。沖縄でも民衆が楽しむ方の踊りは足を高くあげる動きが見られますね。

2010年11月29日月曜日

1-12-3・2 ハンター蟻

 



 真っ黒ではないが、大型の黒っぽい蟻の行列を見つける。
 地面から、グランドキャニオンの岩のようにそそり立つ蟻塚をめざし蟻をねらうハンターの蟻だそうだ。

 こんなに大きなのに襲われたら大変だろうなぁと思う。

 ただ、ジャクソンさんの話では、襲われる側の蟻も、危険を察知すると、蟻塚の出入り口に蓋をして巣を守るのだそうで、見つかったが最後一方的にやられるとゆうわけでもないようだ。

1-12-3・1 豹の足跡

 昨日弓の練習をした広場の奥を抜け、林の中に分け行っていく。

いよいよか!と思ったら、この林はそんなに奥が深くなく、すぐ反対側に抜けてしまった。
 抜けた先、今はチョロチョロとしか水が流れていないけど、降るとすごいとゆうことを納得させるに十分な巨石がごろごろしている“川筋”にでる。
 
 ジャクソンさんが、その脇のぬかるみに豹の足跡を見つけた。昨夜の物だそうだ。
 「豹はこのあたりでも珍しい、今日はさい先が良い。」そうだ。
 写真がその足跡を写したものです。
で、私気づいたんですけど、足跡2種類写ってません?!
猫の肉球みたいのが豹。もう一つの縦に割れた蹄が牛ですよ。
 この二つの足跡が交差してるんです。この牛はどうなったんだろう。牛の運命やいかに!!

1-12-2 ウォーキング出発

 今日はウォーキングの日。

朝食後、身繕いをしてジャクソンさんの案内で散策にでる。

 「雨の後で、ぬかるみがあるので長靴にはきかえてください」と貸してくれた長靴ははきつくてだめ。自前の靴で参加することにする。

 私とちょうど一回り違う同行の女性のことも気になるが、私自身も歩きだし、少し体が重い。

 地面の感触はすごく柔らかい。
雨上がりの湿気のあるところに日がさして少し蒸す感じ。
サングラスと帽子をかぶっておくが、今日は焼けそう。

2010年11月20日土曜日

1-11 用足しの時に使うスコップ

 Nガイドの家を別の角度から写した一枚です。 

 壁の左端に剣先スコップが一本立てかけてあるのがわかるでしょうか。これが、用便時に地面を掘るのに使う大事なスコップです。
 到着しょっぱなの説明でこのスコップの話がでました。
 このスコップには、私も3泊4日お世話になりました。その間、昼はもちろん夜でも見通しの良いただぴろっい所では“他の目”が気になって、どうしても丈の高い草むらや木の陰を探すわけですが、これが掘りにくい。
  普段歩いているときは、草の上も土の上も柔らかいのに、選んだ場所は根がはっていて剣先スコップでも歯が立たないんです。申し訳程度の穴しか掘れませんでした。
 「あれはハイエナの声です」なんて聞いていたから、特に夜は緊張で耳も気配を感じる感覚もすごく研ぎすまされている感じがしましたねぇ。
 明かりなんてなにもないからライトなしではだめでしたけど。あまり大きいライトではここにいます!と目だってしまうのでペンライトを使いました。それを口にくわえてでしたが、雨も降ってるし大変と言えば大変でした。おかげで話の種になりましたけどね。
  今回のグループは人数が少なかったけど、これが多かったら。集落の人はどうしているのか。ばったりでくわしたり、他の人の掘ったところをまた掘ったりなんてことはないのかな、なんていらないことを考えてしまいました。

1-12-1・2 焚き火でトースト

 だいごみですね。

 木の枝の先を割った物に食パンを挟みたき火(置き火)にかざしてトースト。
いい具合に焦げ目の付いたパンに、たっぷりのマーガリンとジャム。 これが美味しい。
朝食は、このたき火であぶったトーストとチャイだけ。
 でも、ミルクと砂糖、マーガリンとジャムもたっぷりなので十分持ちました。

 この時もみんなは見ているだけ。
 気持ち焦りながら、美味しいのとお昼までのことを考えて、3枚食す。

1-12-1・1 朝食

  朝になりました。

 夜中何度も目が覚め、眠りも浅かったわりには体の調子は悪くありません。気が張っているのでしょうか。

 たき火から家よりの所に、青いプラスチック製の天版のテーブルが出されていました。
 テーブルの上には「こちらではみんなこれ!」とゆう、トップブランドのブルーバンドとゆうメーカーのマーガリンのカップ。ジャムのカップ。 途中で買いだしてきた、茶色っぽくて日本の食パンよりも小ぶりの四角形のパンが用意されていました。
 一晩中絶えることなく燃やされていたたき火には、大きなヤカンがかかっていました。
この中は全部、煮出した甘い甘いチャイ。
 説明によると、私たち用に用意してくれたチャイは、ずいぶん甘さを控えているのだそうです。でも日本で催し物のとき口にするのは、ここまでは甘くないですね。
  怖い気もするけど、村の人たちがどれくらい甘いチャイを飲んでいるのか味見をしてみたい気もします。

非人道兵器反対 平安のために 自分のできる、続けられることで運動を

 通勤途中のカーラジオで、先日懐かしくも久しぶりにCCRの「雨を見たかい」を耳にしました。

当時だいぶはやったし、私も好きな一曲でした。
 DJによる曲紹介の時にリクエストをした人のコメントも紹介されていました「気分の落ち込んだときにこの曲を聴くと、元気が出るんです。」と。
 確かにそんな感じがします。

 話は変わりますが。
この曲がなにをテーマに作られたのか、どうゆう歌詞なのかを知ったとき、人間、ロック、そして音楽の持つ力を再認識し感動したことを覚えています。
 ベトナム戦争時、非人道兵器のナパーム弾が人間の頭上に落とされる。その、一面を炎で焼きつくすゲルを“降ってくる雨”に比喩して訴えた反戦の歌だったとゆうことを知って。(少し残念な気がしますが、異なる話もあり。)

 いろんな立場、能力、特技を持っている人、「私はなにもないわ!」と思い込んでいる人でも、自分のできることをすることで十分運動。  CCRの場合は、ロッカーが歌・ロックで訴えるでしたよね。
 
 “どれほど広範囲”とゆう違いはあるかもしれないけれど、人は誰でも周りへの影響力を持っています。なにもしていなかった人が何か始めたときほど、強い影響、変化を周りに与えると体験として知っています。
 日本で最初の住民投票を実現させたとき、町の雰囲気が“変わった!!”と感じ、“いける!!”と感じさせたのは普段から発言し活動もしていた男がではなくて、活動はおろか、発言もしてこなかった、意思表示でさえも「主人に聞いてから・・・」だった家にいるお母さんたちが口を開き始めたときでした。

 そうゆう視点・観点で今だと、つい先日11月12日に、紛争後もその不発弾が市民を殺害し、平和で安全な暮らしを脅かしているクラスター爆弾の、一刻も早い廃棄と責任を持って不発弾処理することを訴えたオスロ条約・ビエンチャン宣言を支持し、自分のできること、続けられるやり方で関わっていくことでしょうか。

 まずは、条約を締結していないアメリカ・ロシア・中国などに対して、注目している人がここにもいると手を挙げ声を上げるところからかな。

さて今回はどうなるか?!

 頼まれた作業を優先していたので、しばらくブログをアップできませんでした。もう一つそろそろ終わらせないとだめなのがあるんだけど、一段落は一段落なので忘れられないうちに何話かね!

 文章の下書きはちょっとした時間を見つけてはしていたので、結構あります。
ただ、メンテナンスや使い方なのかもしれないけどパソコンが遅くて。
通信カードを使ってるんだけど、電波状態が悪くて、
                                                        カタログ通りのスピードがでなくて苦労してます。

 さて、この間マスコミで報道される日本の政治の世界もいろいろありました。その中の一つ、記者会見の時の仙谷官房長官の答弁について一言。

 政府が映像公開をしない間に、ユーチューブに中国漁船が追突してきた映像が流されたことに関して記者が「多くの国民が公開すべきだったと言っている」と問いかけたのに対して仙谷長官は、その問いに答えるのではなく、「多くの国民てどれくらいなんですか、過半数なんですか」と切り替えしたんです。

 見ていてつらくなりましたねぇ。

 肝心のことに答えなくて、そう言った人に対してくってかかる。こうゆうやりとりの場、これまでにも何度か目にしています。今パッと思い出すのは福田康夫元首相の「私はあなたとは違うんです!」発言でしょうか。

 いずれもが、追い込まれて苦し紛れ、その問題に答えきれない、それで相手に食ってかかる。そのパターンですよね。こうゆうやりとりの後だいたいお手上げになるんですよね。さて今回はどうなるか。

 期待してたんですけどねぇ・・・

2010年11月7日日曜日

フォリカン ライブ

 そうゆう人、お店(楽器屋JUNJUN)があるので、国内外からなかなかの演奏家がやってきます。

つい先日は福岡の“フォリカン”が来てくれました。
 個々のメンバーとしては、昨年ンタンガさんのライブツァーに同行してきた人もいましたが。 フォリカンとしてみんなそろっては初めてでした。
 今回ライブに行ったのは、CDでフォリカンの演奏を聞いていたからです。
 ジェンベをはじめとする演奏がすばらしいのはもちろんのこととして、多様な楽器としっかり考えられた構成で、完成度の高いアルバムになっていました。
“きれい”な音。きれいなアルバムでした。
 この“きれい”がCDと今回のライブに共通する印象、言葉かな。
 ライブは3人のメンバーでした。
この3人が、歌も含めて複数の楽器をとっかえひっかえ演奏して楽しませてくれました。
  一つ一つの楽器の鳴り、テクニックとスピード感あふれる演奏。CDですでにおなじみの曲、初めて聴く曲、特にリズム・メロディになじみのある曲は盛り上がりましたねぇ。

 楽器の特性上コラは特にでしたけど、バラフォンもジュンジュンのセットもジェンベも、一音一音がクリアできれい、アフリカの人が好んでわざわざ出す “ひずみ”系の音とは対極の平均律よりの音といえるでしょうか。(日本でも“さわり”とゆう音・演奏方がありますよね)
 この人たちのレベルになると、そおゆう音づくり、演奏を目指しているとゆうことなんでしょうね。
ギニアの人ではないんだから。日本人なんだから、日本人のスタイルでいいんだと思います。
 そうゆうことでゆうと、このグループは、ちゃんと自分のスタイルを持っているとゆうことですね。
 
 3人とゆう人数の制約が大きかったと思いますが。ライブ中、一瞬音が切たように感じて、はッとする時がありました。演奏上ミュートをかけたり、同じタイミングで止めたりだったのかもしれませんが。
 3人が3人、メインに回れるもんだから逆に、常にバックで、ベースで保っていてくれる人・パートの人がいなかったんです。
 ケンケニ、タンブーラのような通奏演奏の上にのっての演奏だと接していてほっとしますよね。

 ところで、このキープする楽器、私が寄せてもらってるグループ、それからこれまで聞かせてもらっていたグループでは“ケンケニ”だったんです。それが、9月のイオン・ウオン・ノーマの時は“サンバン”を使っていたんです。ンタンガさんが3本使ってましたし、ボロンもあったし、すごいメンバーすごい音圧・演奏だからわざとそうしているのかな?と思っていました。
 ところが、今回のフォリカンのメンバーと話している時に、ジュンジュンを立てて配置しているときは「ソロ演奏をしますよ」とゆう意味がある。横にして配置しているときは「伴奏ですよ」とゆう意味があるとはなしてくれたのです。そのときに伴奏で使うとゆうところにでてきた太鼓が“サンバン”だったんです。
 偶然かもしれない。 だけど、そうなのかもしれない。
 少なくとも、そのときの構成で、どちらもありとゆうのは間違いないのでしょう。
トーンも変わるけど、感じはかなり変わります。

フォリカンライブ 楽器屋JUNJUN

  こちらにJUNJUNとゆうお店があります。

  “楽器屋JUNJUN”は、世界の様々な楽器を扱っていてどれもすばらしい物がそろっています。その中でも西アフリカ、特にジエンベは質・量ともに自信を持ってお勧めできます。購入後の革の張り替えはもちろん各種メンテナンス、相談にも満足できる対応をしてくれます。

 気づけばそれ以外にもたくさん購入していましたが、私もここで一張りジェンベを購入しました。値段だけで言えば安いところがありますけど、物が違う。買った後のメンテナンスも安心。
 なによりJUNJUNのご主人が楽器を愛してますもの。お勧めですね。

 以前聞いた,JUNJUNのご主人がジェンベと初めての出会った高校時代の話が印象にのこっています。
 ある野外フェスティバルに行ったとき、一つテントから何人もの人が太鼓をたたいていてとても楽しそうにしている音が聞こえてきた。それで、のぞいてみたら大勢いると思ったのに一人が叩いていた。それがジェンベとの初めての出会いだった、と。
 その人はジェンベの演奏だけではなく、制作もしている人で、一つ買った。今みれば、ジェンベとしてはデザインも音も別物と言ってもいいくらいの物だけれども今でも持っている、と。

 そうゆう出会いをした人が、今は楽しみだけでなく、生業にもしているんですからねぇ。
 何か、深いでしょ。出会い、縁のすばらしさ不思議さを感じますよねぇ。

2010年11月6日土曜日

1-11 今、この身を持って感じている、そのこと自体がすばらしい。感謝。

 


 すばらしい、空の輝き。 何度も何度もシャッターを切った。
 広がりと奥行き、光の強さ、そのすべてが
日本で普段目にしているものと違う。

 断っておくが、どちらが良いとか悪いとかとゆうことではなくて、“違っている”とゆうことなのだ。
 この、“違っている”を身を持って感じる、これが目的でもあったし、感謝なのです。















 と、また雨が降り出した。

激しい降りではないが、やはり土間にテントを張って正解だったようだ。

2010年11月3日水曜日

1-11-22 夕食

                                村のママさんたちが分担してごちそうを作ってくれました。品数も多いしごちそうと感じました。


 キャベツを細切りにしたもの、ジャガイモを さいの目 にしたもの、ピラフみたいなもの。
 それぞれ一鍋ずつを、鍋ごとに別々のママさんたちが担当して作ってくれました。味付けは、タマネギとトマトのみじん切りを炒めて塩で味付けしたものがベースになっていました。
 塩加減に個人個人の違いがあるものの基本の味付けはみな同じ。でもこれが逆に素材の味を引き出すのか、十分に鍋ごとの料理の違いは感じましたし、おいしく食べることができました。
 
 食器は、まさに“中国製”とゆう感じの、派手目の色とサイズの花柄のホーローのお皿でした。

 そうゆうものだと言われていて気にしないようにとは努めていましたけど、レンジャーさんたちはもちろん、集落のリーダーのジャクソンさんも全く食べようとしません。

 お客様(私たち)の食事が終わったら、そののこりを食べるのだそうです。そうゆう習慣なんだそうです。
 とは言っても気になってしまう。それに、みんなが食べるに足りるだろう分を残しておかなければならないし。
 こんなところでも、違いとゆうか、気を使ってしまいました。

 日本でも昔はこのようなしきたりがなかったわけではないけれど、家長が「さあご一緒に」とうながした後お客の方も、箸をつけるんだろうけど。

1-11 弓の練習

格好が違います
 本来のプログラムとしては明日だったようだが、ムガネさんのおかげでまだ明るいうちに到着、みんなもちょうど弓矢の練習をしていたとゆうこともあって私たちも参加させてもらう。

 少し離れて見ていたレンジャーの人たちも途中から参加。

 弓は短弓。

 この弓の弦の張りが強くて、力を入れるんだけどちょっとしか引けない。
「筋は良い」と言ってもらったけど、数回試したところで終わりにする。とにかくきつくて。
 やっぱり回数、慣れなんだろう。小さい子でも私なんかより遥かに飛ばしてたし、何回も何回もやってました。
 
 ほかの人の様子も教えておきましょうね。
格好が違います
ムガネさんは、飛ばなきゃ飛ばないで「ワッハッハッ」と楽しそうにしていました。レンジャーの人たちは、さすがマサイの出身、だんだん調子があがってきて、何回も何回も矢を放っていました。

1-11 穏かに終わる一日

 全部ではありませんが、牛は首にベルをつけていました。(羊、ヤギも牛の物より小ぶりの物をつけていました。)


 このベルのコロンコロンとゆう音色が、とても和らぐ音で、ゆったりゆったりと歩む牛のテンポと相まって、気持ちが穏やかになりました。

 特に夕方は、まだ姿が見えないうちからこのコロン コロンが、そして合間に子どもの牛を追う声が聞こえてきて「今日も無事帰ってきたな」と思ったものでした。

1-11 食材の買出し

 出発前ウチミで、エナイボルク村滞在中に必要な食材を購入。


 まず買ったものはミネラルウォーター。
小は500mlから1・3・5・10・20lと、たくさんの容量がある上に、メーカー・ブランドもいくつもあるので、何段もの棚の、それも一角ではなくて端から端までの一列全部がミネラルウォーターで占められていました。

 日本でもミネラルウォーターは珍しいものではなくなりましたが、ほかの飲料と同じ棚だったり、容量の種類や、なにより一種類あたりの在庫数がこんなに多くはありません。水道の普及具合や、水質の問題もあるからとはいえ、すごい違いです。
 
 ジャガイモ、キャベツ、タマネギ、小さくてほおずきみたいな形のトマトも買いました。
 特にトマトは選ぶとき「堅くて赤みのないものを選んでください」と言われて「竹色みたいなのばかりじゃない!」と思いながら見てみると確かに、赤みのさしているものもありました。所変われば品変わるだなぁと改めて思いました。
 (イタリア料理でも小さいトマトを使うけど、あれは真っ赤ですものね)

 そのほか、日本で普段食べているものより小さい四角の食パン。これが一番売れてるものらしいけど、ブルーバンドとゆう会社のマーガリン。ジャム。などを買い込みました。
 
 
 
「容量5ℓ以上のものは再利用するのでおいていって」とのことだったので、写真のものは500mlと    
 3ℓの容器。つぶしてザックに押し込んできたので変形してますが。

1-11 ついに遭遇 丸い穴のトイレ

 丸い穴のトイレ。ついに遭遇。


  話で聞いている中国の、穴があいているだけ、囲いもないところにみんなで並んで、よりはいいけど。

 どうやって使うんだろうか、直接お尻をつけるのかな。しゃがむのかな。しゃがむのだと、周りを汚してしまいそうだな。

 ドバイの空港の、どっちが前なのか後ろなのかわからないスクエアな便器(?)も、所代わればだなぁと思ったけど。



 写真は、マラ川のゲートに併設されているトイレのものです。

1-11-16.2 Nガイドの家

 建物は、言われてなるほどと思いましたが、あちこちチグハグな作り。

 それとゆうのは、マサイの人は酒もタバコもやらないし(長老になるとまた別のようですが)、ここは町から遠く離れている。
つまり、普段町に暮らし家を建てるためにここまでやってきた大工さんには、
何の楽しみもない状態で、長続きしなかったんだそうです。
 何人も大工さんが変わったので作りがチグハグ、完成までも結果として2年かかってしまったとの由。

 完成したNガイドの家、屋根にはソーラー、脇には3,000Lの天水タンクが設置されていました。
電気も水道もない所。
これでずいぶん生活が変わるだろうと思いました。

2010年11月1日月曜日

1-11-16.1 Nガイドの家の位置関係

 さて、このガイドの家。集落から微妙な距離のところに位置しています。

 みんなの住んでいる家々に連なっているわけでもなく、かといって遠く離れて建っているわけでもない。




 木々の頭越しに集落の屋根が望めるし、家と広場をぐるりと囲った柵のところを、牛や羊ヤギと、それらを世話する子が通る道順になっている。

 そんな感じで、ここがちょうどバランスのとれているところなんでしょうね。

大当たり!!   1,300円

 宝くじ。買っても当たらない、でも買わなきゃ当たらない。


 必ずではありませんが、ジャンボとそれに併せてロト6を一抽選日に一口ずつ連続5週とゆう形で買っています。
 つい少し前宝くじ売場で番号を見てもらいました。
 もう10月も終わろうとゆうのにやっとサマージャンボを。 
 結果は、ジャンボが300円、ロト6が1000円、合計1300円でした。


 今回宝くじを買った売り場に「2等1億円がでました!」とゆう掲示があったので、しばらく良い夢を見させてもらいました。
 1億当たったらどうしょうかなぁ。1億では仕事を辞めてとゆうわけにはいかないけれど。
まず住宅を始めとするローンを返済して。
多少なりとも支援しているNGOなどの諸団体にも幸運のお裾分けをして。それでも残るから、ペイオフの1000万のことを考えて通帳(銀行)ごとに振り分けるとしても、まだ残る分をどうしようかなぁ、毎月の返済分を貯金に振り替えることもできるし、そしたらたまるなぁ等々、いろいろ夢を見ていました。結果が確定するまで。

 わくわくしたなぁ。

1-11-15.4  お世話になります

 レンジャーさんたちは、寝るにはまだまだ早いので、かっこいいコートを羽織ってたき火の周りにおかれた切り株を利用したイスに腰を下ろしています。
 スタイルや服装がどうこうとゆうのじゃないけど、雰囲気が絵になるとゆうか、こうして間近で見ているとイメージなんですよね。
 お二人は、野生動物がらみのトラブルなどの警護で同行しているわけだから、私たちと同じように休むとゆうわけにもいかないのでしょうが。お世話になります。