「ノーモアミナマタ 第2次全被害者救済訴訟」 提訴前夜集会(12月10日火曜日18:30~ 新潟会館)に参加してきました。
開場は立ち見の人もいるほどいっぱい。わかい顔ぶれも。
会場には、勢揃いのマスコミも入れて100名くらいはいたんじゃないのかな。
九州水俣病患者団体の代表も駆け付けてくれていました。
流ちょうな話かたではありませんが、原告代表 皆川さんの挨拶。そりゃそうだろうとおもいます。ほんの少し前までは、まさか今日ここであいさつをすることになろうなどとは夢にも思わなかったでしょうから。
支持者挨拶が続きます。
関川医師
(ノーモアミナマタ 1次訴訟が)13年かけて勝利することのできた一次訴訟が終わった時に本当にノーモアにしたかった
その後も、すべての水俣病患者さんを救済するというようにはならなかった。
昨年は「特措法申請」が、多くのまだ打ち切らないでくれとの声がある中で打ち切られてしまった。
特措法申請打ち切り等の動きで、水俣病はもう終わったんじゃないの!? という声が出てくるのではないかが気がかり
~
私たちを含めて、ニュース等で目にした劇症型の人達だけが水俣病と思い込んでいた。
差別が色濃く残る中で、具合が悪くても、そのイメージの影響もあって言い出せないで来た。
「家から水俣病は出さない」仕事の関係で 水俣と言い出せない 裁判にかかわれない人もいる。~
今年の裁判で感覚障害だけで認定という判決が出たのに国の認定基準は厳しすぎる。
一次訴訟の人の挨拶
小武さん
13年の厳しい戦いを経験した。 裁判勝利の後協定が結ばれて5年経った。
戦い抜くしかないんです。
多くの支持者の力を借り 助けられながら最後まで戦い抜くしかないんです。
中村洋二郎弁護士
本当は今回の2次訴訟は予定していなかった。
けれど、認定も(患者救済の)仕事も不十分。
これで完全救済の道が開かれるきっかけになる訴訟なんです。
加害者であれば(救済)責任を取る義務があるんです。
当夜大勢の挨拶がありましたが、その中で特に印象に残った話、抜粋ですが紹介しました。
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