長岡にある県立近代美術館に行ってきました。館内は地元新潟出身で、柔らかで暖かく優しい作風で穏やかに途切れることなく続いていく“平凡な日々”を描き出す作品をたくさん誕生させている黒井健さんによる絵本原画の世界展を観に来た人たちで大賑わいでした。なんでも黒井さんの画業40周年記念ということだそうですが、確かに観るとすぐ黒井さんの絵とわかる作品はたくさんあります。
私はその賑わいを尻目にコレクション展第3期に歩を進めました。今回は時間の関係で黒井さんのほうはまた別の機会に。黒井さんほどの方になればまた機会はあると思いますので。 このたびの私のお目当てはコレクション展のほう。
コレクション展第3期。案内によると展示は3部屋そしてギャラリーに分かれて催されていました。まず展示室1が「さがして、みつけて」 ここには、絵の中にうずめられている想いを見つけてみよう探してみようという企画のもとに展示されている部屋。 いくつかには作品脇にヒントが記されていました。なるほどなぁと初めて気づくもの
そういう鑑賞の仕方もあるのかと思いながら観せてもらいました。 展示室3は製作500年を迎えるという“メレンコリアⅠ”を含む複数のデューラー作品をメインに近代美術館収蔵作品が展示してありました。一般的にも知る人が多く常設展示のようになじみのある作品の中にあったメレンコリアは、さすがに“500年”の間多くの鑑識眼の中を生き抜いてきた作品というだけあって一段と訴えてくるものがありました。
展示室2を舞台に私を迎えてくれたのが「FACE」というテーマのもとに集められた数々の作品-顔。 私は今回これを狙って近美まで来たのです。“顔”内面おも表出してしまう顔・表情。そして自分を自分以外にしてくれる“仮面”ということが頭にありました。
展示室内はさらに「肖像に見る顔」絵画だけでなく写真という手法を用いた作品も展示してあった「偉人たちの横顔-学芸諸家」「顔は語る」というグループに分けられていました。中で「肖像に見る顔」と「偉人たちの横顔-学芸諸家」のところにあったいくつかの作品は、その視線“眼”を妙に生々しく感じ印象に残っています。
行ってみてへぇーと思ったのが、それだけの単独の案内が出ていて、私もそれを入手したからこのたび出かける一番の動機になった 第16回亀倉雄策賞受賞記念 葛西薫展「HIROSHIMA APPEALS 2013」が2階ギャラリーでの開催だったこと。行ってみてスペース的にどうとかということはありませんでしたが、ここでこのような作品展示がなされていると気づく人、わざわざ別フロアーのここまでという人は限られるんじゃないでしょうか。
このたび整理する中で気づきました。技法は違うけど、言葉で言うと“平和”と“平安”というニュアンス程度の違いはあれどお二人とも自分の持っている才能を通してその実現を願っていると。黒井作品を観に来た人たちには、一見お二人の作品は大きく違っている風に映るかもしれませんが、偶然?それともそこまで考えた学芸員による必然?
ギャラリー最初のコーナーは第16回亀倉雄策賞受賞記念 葛西薫展「アピールズ2013」の案内に使われた完成形の作品・一枚に結実する前の何枚もがギャラリーの壁中を占めていました。おなじテーマ発想で描かれていて且つ皆違う一枚一枚。 同じポーズ、でもみな異なっている、そしてどれもいい。その時私はそれぞれに勢いがありどれも命を持っていると感じました。
案内を改めて見て見ると下の絵が透けて見えるし、少しづつずらして重ねて案内に使用してある一枚の写真になっていますので、そのためにわざとこのようにたくさん誕生させたのかもしれませんが、選ばれなかったものも皆それぞれにひきつけるものを持っています。でもそこから選び出され、人の目に触れるのは一番上に持ってこられた一枚だけ。 今回はたまたまこういう形で目に触れたけれど、多くの場合こういう機会もなく埋もれて 行くのかなぁと思いました。受賞作品の「HIROSHIMA APPEALS 2013」と刻印の入ったそのものはそれらのうちの一枚。このたびは一枚一枚がそれぞれよかったのでなおさらそう感じたのかもしれませんが、いい機会を与えてもらいました。