2013年1月30日水曜日

1-16-20 “シマウマ” 間に入って交渉 さすがにこの値段では


私はまずサーッと全体を見て回りました。

それで最初二人とは離れていたんですが、二人が立ち止って品物を手にするとたちまち人だかりができるのを目にしたので、間に入ってお店の人と話しました。

 
ナロクでのCDのことがあるので結構思い切って値切ったら、さすがに「それならいい」と手をひっこめられてしまいました。

 
  
この時Tさんが手にしたのはシマウマの彫り物でした。“午”が干支のTさん、自分の干支・午(馬)の品物を集めているんだそうです。

100ケニアシリングプラスしたところでOKとなりました。

 

 

12-6-2 アダン そうかな?!と思ったら言わなきゃだめですよ


辺野古の浜を後にバスに向かう途中、Iさんが道の脇に連なる木々の中の一つを示して「これは何の足に見えますか」と問うてきました。

私は動物のあばら骨に見えたんだけど「何の足?」と言っているから違うなと、聞かれた人の横で思っていました。

聞かれた人が口ごもっていると「日本人も小さいうちはちゃんと自分の考えを主張できるのに中学・高校生になってくると、違ったり間違っていると悪いと思って自分の思っていることを言わない。」とこれまでにない強い調子で言いきりました。

 

 強い調子はすぐに収まり穏やかな口調でこう話してくれました。

 日本人は大きくなってくるとだんだん自分の考えを言わなくなってしまう。こういうことでは世界に通用しなくなると(みんなと)考えているんです、と。

 確かにそうだと思います。いつまでも、笑っているのかどうなのか曖昧な微笑・アルカイックスマイルで済ましていてはだめなんです。

 

ところで、その木(その実)は地元沖縄では「アダン」和名では「タコの木」と言うのだそうです。確かに何本もの足に見えます。

でもたまたまこの個体がなのかもしれませんが、イメージとしてはタコと言うよりイカの足のようにも見えるかなぁ。

 「実は食べられるんですか?」と問われてIさんは「毒ではないけれど渋みがあるので人は食べない。ヤシガニが食べる。」と教えてくれました。

1-16-19 品物を見ていると後ろからも声が


品物を買う(売る)のはもちろんお店(の人)から。

それはそうなんだけど。 

並んでいる品物の前でちょっと立ち止まると、当のお店の人・前からだけじゃなく“後ろからも”声がかかってきます。

 

この声の主がNさんから聞いていた、自分ではお店も品物も持っていないけれど間に入って値決めをしたり気に入った品物がない時には同じような物があるところへ案内。
 案内した人がそのお店で買った時手間賃をもらうことで生活している人でした。

2013年1月29日火曜日

1-16-18 さまざまな品物と顔ぶれ


ゲートを通って中に。
 
 
 
 
同時にテリトリーを示しているのでしょう地面に広げられた敷物の上に、思い思いの品物が並べられています。
 
品揃えは、お土産になる観光客向け民芸調の物だけでなく,日常雑貨類、衣類まで様々並んでいます。
 
 
 
この品揃えということもあるのでしょうね。私たちのような観光客以外にも地元の人と見受けられる人もいました。
 

2013年1月28日月曜日

1-16-17 市場・バザール到着


裁判所の駐車場を会場にして日曜日だけ開かれるという市場()に到着。

結構な人ごみ。賑わっています。

市場はフリータイムの扱いで、Nさんムガネさんとはここでお別れ。3人だけで中へ入ります。

Nさんと別行動と言うのは初めてのことではないけれど、私()だけで市場・バザールと言う、四方八方こんなに大勢の人に囲まれてと言うのは初めて。

と言うことで、また別の緊張感が高まってきます。内心はね。見た目はそう見えないらしいですけど。

お店の心遣い  そしてやっぱり“家族”ですよ


新年。このお正月は家族の絆を結ぶいい年明けとなりました。

昨年末、5年ぶりでしょうか連絡が来てこのお正月に会うことになりました。

 

さて、どこで会ったものか。

 

急だったし、同じように帰省している人の多い時期だからどこかで食事でもと思ってもいいところがあるだろうか。いろいろ思案しました。

ご主人は県外の人。 子どもは伝い歩きを始めたところなので畳の部屋の方がありがたい… と条件がありましたし。

 

結果としてホテルのお座敷を予約しました。もう新潟の味は口にしているでしょうけど間違いないでしょうから。

この度の会食は、私自身初めての対面の席になります。儀式でもありますし、緊張がないと言ったら嘘になります。

 

ホテルの和食のお店“蔵”には、小さい子がいるということでずいぶん配慮してもらいました。             

スペース的には他のお客様も十分入れる部屋だったのに貸切にしてくれていました。

まだ一歳前の赤ちゃん、寝てもいいように小さなお布団も敷いていてくれました。ありがたいことです。

こういう対応をされるとまた利用しようと思いますよね。

 

この心遣いと楽しくも貴重なひと時で改めて感じたのが、困難に立ち向かう力になるのはやはり家族なり身の回りの人達とその人を思う心なんだということでした。

2013年1月26日土曜日

次の公演日程が決まりました。わくわくします。

   K の次の公演日程が決まりました。

今回は、何度かKの公演打ち上げで利用していたレストランを会場に行うものです。

みんなで会食している時の楽しい会話が耳に伝わっていたのでしょうか。

「そんなに楽しそうなもの今度うちで」と言う風になった次第です。

 

この度の会場は、スペースと共にその形の制約も大きい上に、公演当日に都合のつかないメンバーもいるので、演出そして舞台作りで相当考えなければなりません。

が、楽しみです。

 

この打ち合わせをしている時のやり取り。Eメールのやり取りが楽しかったんですよ~。

結果としてこんなにやり取りするんだったら、電話の方が簡単だったかな。とも思わないでもないけど、チャットと言うものあるわけだしこれはこれだったのかな。

こんなやり取りがもっといろんな人とできたら…

 

今度、この会場(レストラン)で待ち合わせて、食事そして打ち合わせしてきます。

これも楽しみ。

始まるんだなぁというわくわく感があります。

もういろいろ考えてます。

2013年1月23日水曜日

薄いブルーシートだけで過ごす難民の人たちのことがほんとにほんとに少しだけどわかりました


一年の中でも最も寒いころと言われる“大寒”(120)

ところが当日は大寒とはとても思えない穏やかで暖かい日。日差しも夏のような強いものではありませんけど気持ちまで明るくなる感じのもの。

おかげさまで。当日が日曜だったということも相まってようやく先の見えてきた家の改装に伴っての荷物の片づけをまとめてすることができました。

 

考えてみれば、エアコンの設置を契機にして最初に改装を思い立ったころからちょうど1年がたってしまいました。

実際の着手は、金融機関との打ち合わせ、色使いなど どのように改装するかの打ち合わせを綿密に繰り返しました後、もう少し後のことになりますので厳密にいうと1年は立ってないともいえるのでしょうけど。

 

内心ではいらいらしたこともあるんだろうなぁとすまない気持ちにもなりますけれど、今回図面を引いてくれた設計士の人はほんとによく話を聴いてくれました。

そんなこともあって遅れ遅れになってしまい、実際に工事の始まったのは11月になってから。

それでも実際に施工してみたらイメージが違ったということがいくつかありました。

その時も、今言わないであと後ずっと気にしているよりは今言った方がと思って相談させてもらいました。

「新築よりも住んでいる人も作業する人も大変なんですよ。」

とは聞かされていたものの、取り掛かったのも実際の工事もこんなに長くなるとは。大変でした。

 

その過程、11月下旬取り壊した壁や屋根がふさがれるまでの間のブルーシートで過ごした間の寒かったこと。吹き込む風の強かったこと。

 

大変な思いをしたんだけど、この体験で、極寒の中 薄いブルーシートだけで過ごす難民の人たちのことがほんとにほんとに少しだけどわかった気がしました。

ほんの一部が空いているだけでもこんなに寒い思いをしたんですもの。

 

どんなことからでも得るものはあるものだと改めて感じました。

いろんな意味で 感謝

2013年1月22日火曜日

侵略戦争 家族のためにではない戦い


月曜14日は休日でした。  そのせいでしょう、普段ならニュースの時間に「沖縄 基地の街 女性たちは今」と言う番組が放送されました。

番組では、基地の人間・アメリカ合衆国の兵隊と付き合うことをかっこいいと考え付き合う女性がいるということを紹介。

 日本女性は本当に愛し合っていると信じ疑わなかったと思います。

でも、兵隊の方は一時的に沖縄に居るだけですから、突然にいなくなる。妊娠を機に居なくなる。生まれた子どもを認知しない。残された女性が苦労するというケースがいくつも紹介されていました。

 番組では合わせてその女性たちに寄り添い援助するグループ・人達。その働きが紹介されていました。

その働きの数々が紹介される中に、軍の中に専門の窓口が設置され専任の担当がいることも紹介されていました。
   専門の窓口がある。 と言うことは、それだけ同様の問題があるということですよね。

 

このシーンでの担当係官の「日本女性ももっと賢くなる必要がある」には何おか言わんやとあきれてしまったけど、それ以上にこの番組の中で一番びっくりしたのはここで言われたもう一つの発言。

「家族、家庭のことが気になっていては戦えない。だから私たちが対応している…」

 

もともと戦争、殺し合いは非人間的なこと。

非人間的な、特に侵略戦争だから家族家庭のことが気になると、非道な事 戦争なんかできない ということを言っているんだとわかりました。

だけどどうなんでしょうか。

私だったら「家族のことを思い家族のために戦う!」と言う風に考えるけどなぁ。家族のために退けないと考えるけどなぁ。

 

これでわかりますよね。自分の家族、国土・国、自由・正義・真理を守るため、防衛のためのものと侵略戦争の違いが。アメリカ合衆国がやっている(やってきた)戦争はどういう性格のものか。

 

私アメリカ・ハリウッド映画等の、どんな困難の時でも「あきらめない へこたれない」 「家族(家ではない)のところへ帰るぞ!」という大きなテーマかってるんですけどねぇ。

2013年1月14日月曜日

1-16-16 市場前のお土産物店


今回の旅行で初めて“土産物店”に寄りました。

場所は市場と道を挟んですぐ近く。

厳密に言えばナロクのガソリンスタンドにもあったんだけど、あちらは車が出るまでのほんの短時間出入り口から半地下の薄暗い店内をのぞいただけのようなものだから実質ね。

 

店内はすごく静か。品物もきれいに並んでいます。ガラス戸一枚で外とこんなに変わるものなんだなぁと言う感じ。

ここの御主人もインド系の人でした。ここはケニアなんだけど、商売していくと言うと違うものがあるのかなぁ。雰囲気違うし。

 

品物はまさに“アフリカ”“ケニア”と言われた時のイメージの民芸品・小物がきれいにコーディネートされていました。

マサイの人たちが身にまとうシュカも棚にたくさんありました。

アフリカ西部、ギニアなどの色使いとは違うけど、ここに並んでいる布・品物の色合いも日本にないもの。

 


シュカをまとったエナイボルク村の少年たち。
マサイの人たちはとても赤が好き。
でも紫系統も結構まとっていました。
そんなでしたから、ゆっくり見たかったんだけど「早く早く」と言われてあわただしくお店を出ました。

飛行機の時間が決まっているし、これから行く市場のほかに像の孤児院とジラフセンターに行く事も決まってるから仕方ないのかな。

 

ちなみに、ここではソープストーン製の青いバナナのペン立とシュカを3枚買いました。

 素敵ですよ。

2013年1月13日日曜日

9-15 テジカルビ    初めて目の前 ハサミで肉をさばく



前から、ハサミで肉をさばくその場に居たいと思っていました。

いまその光景が目の前で繰り広げられています。

韓国の紹介でこのような“食べ方”を目にして、味付け食感すべてを味わってみたい、この食べ方(風習)の場に立ち会ってみたいと思っていました。

今その時が来たのです。

 

バスはにぎわう街を左に折れ坂を下って行きます。周りの明りはだんだん少なくなり、家々が並ぶ一角の金剛山と言うお店に私たちを乗せたバスはつきました。

中は日本の古くからの観光地にある団体客が入れる大きな食堂と同じような感じ。

 

今日一日の訪問ではみんな正直重い気持ちになっていました。

やっと今日の日程を終えて夕食です。

 

映画でよく見ていた焼酎を飲んでみました。

最近人気の出て来ているマッコリも飲んでみました。

 

初めて口にしたハサミでさばいたテジカルビ。 味(本場の)の方は… この一軒だけでは決められないかなぁ。


スキヤキ    ペルネット さんとの出会い


今年のと言うことで言うとOKIさんなんだけど、前々からのスキヤキの関心と言うと、スティールパンのスキヤキオールスターズ。

今夜フローラルステージで念願のご対面です。

ステージいっぱいのメンバー、スティールパン。

舞台照明でキラキラするスティールパン、そして華やかな衣装を身にまとったメンバーを前に期待はいやおうなく高まります。

なんでも、今年はペルネット(コロンビア)さんのアルバムで共演も果たしたとかで、そのアルバムに収められた曲、そして記念と言うこともあるのかペルネットさんがゲストで共演していました。

                                                                                      

ペルネットさんのことは、今回のスキヤキのパンフレットで初めて知りました。

実際にその演奏や歌は耳にしたことはありません。

パンフの写真はあまり好印象を抱きませんでした。

実際当夜のコラボレーションでも、悪いけどペルネットさんの歌・共演よりもスキヤキオールスターズの演奏の方をもっと聞きたいと思いました。

せっかく富山南砺市まで来たのにこれだけ! と言う感じでした。

ごめんなさい。

 

ペルネットさんとは、もう一回出会いがありました。

それは今回特別にサカキマンゴーさん山北紀彦さんと3人で結成された「スキヤキ電気グループ」でした。

これはびっくり!

ボゴーダーを使ってペルネットさんが演奏(?)始めたらものすごい熱狂。すごい乗り。これはすごいわ!と思いました。

これから始まるコンサート。すごいぞすごいぞとわくわくしました。

 

ところが。山北さんたちが登場、音を出し始めたら突然クールダウン。

ペルネットさんの乗り・リズムがいいのに、二人、特に山北さんの方はわざとノーリズムを目指していたのかなぁ。目指すところイメージはあるんだろうけど、コラボレーションと言うことではどうだったのかなぁ。

正直なところ、合わないというか面白くありませんでした。

スタンダップで、乗るぞ乗るぞと手ぐすね引いていた観客も立っては見たものの…と言う感じ。みんながワアーッと狂喜したペルネットさんの勢いまでそいでしまった感じ。

 

スティールのスキヤキオールスターズとの組み合わせでも多分にそんなところがあったけど、ペルネットさんのスタイルは今回の二つのコラボで考えると別物、ワン&オンリー的だったのかな。

今度はペルネットさん単独の舞台で一度聞いてみたいと思いました。