時間をかければいいとゆうものでもないが、今、韓国平和の旅のパンフを手にしてみると、改めて、限られた時間でよくこの内容を、と思う。
高速道路網が張り巡らされ、専用車両が準備されていたとゆうことが大きいに他ならないけれど、参加者の、行きたいという強い思いが、スケジュールを遂行させたのだと思う。参加者の顔ぶれを見ると、肉体的には決して楽な内容ではなかったと思けれど。
今回すごく印象に残る言葉を耳にした。それはユガンスン烈士の生家に行った時だった。3・1独立宣言/万歳行進が、3月1日の正午“全国一斉に立ち上がった”運動だったということ。この 全国で一斉に と結う言葉が強く心に残った。 先ほどは高速道路網のことをあげたけれど、今のような情報伝達手段がない時代にだ。
この3・1独立宣言は、文字通り3月1日(1919年)にみんなが一斉に立ち上がった運動。伏線として三次にわたった日朝協約、宮殿に押し入っての皇后暗殺、併合があったとはいえ、直接的には2月8日の東京YMCA会館で発せられた独立宣言書(2・8宣言)以降の準備になったわけだから。実質一月もない期間に準備されたというわけだ。
機械印刷もおこなわれたということだが、手作りのチラシも多く作られたとのこと。韓国・朝鮮の人たちの、伝えよう聴こうとゆう気持ちがなした業だと思う。
写真はユガンスン烈士生家で写した一枚。手作業でチラシを作っているところを再現したもの。
今回のたびでは、何処何処を回りました、とゆうこと以上に、韓国の人たちの思いを,訪問先で、学芸員やガイドさんの「正直何処まで話していいのか悩みました」とゆう声で感じることができたのがとても意義深いことでした。
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