2017年12月30日土曜日

すべてをさらけ出しているか

   2017年秋 “打たれたような” というのはまさにこういう瞬間を言うのだろうなぁと感じる日曜の朝がありました。
礼拝で歌われた「アイ・サレンダー・オール」が私の体に伝わり身体に魂に強く響きました。 詩の正確な意味は、言葉の関係で私が勝手に思い込んでいた状態なのかもしれませんが、でも今ここにいるみんなの想いは伝わりました。みんな泣いていました。この世のすべて自分の生活すべて、好い事楽しい事だけでなく苦しいこと戒めも含めて、すべてを受け入れ感謝しています。神に守られているという事を確信し ただ喜んでいます。
何の苦もない毎日ではなくて多くの困難・悩みを抱えているようなのに、ゆえにか歌にダンスに身体全体で喜びを表しているように感じました。 夜勤のある仕事をしている人も多くいるようですが、(いろんな意味で)“疲れた時こそ教会”を実践していると感じました。今日ここに集えていることを素直に感謝し(大きな)喜びに満ち溢れ、その思いを表しています。
(日本人だと できれば隠しておきたい苦しみや悩み行いまでも口にだし祈っています。口に出さずともすでに神はすべてをご存じなんだからという思いも無いわけではありませんが、こうして祈るという事が大切なことなんでしょうね。 そう思うと私は神様にすべてをゆだねているかさらけ出しているだろうかと強く感じました。

日本人はなんでも“道”修行にしてしまいます。 祈り方も約束事があり、私も教わりました。ちゃんと祈ろう。自分のためではなく、他人のため教会のため世界のために…、恥ずかしいことは口に出さない… 形にとらわれて祈ろうとしているんじゃないかと思ってしまいました。
良くなろう 正しい人になろうとすることは悪いことではありません。でも、それゆえか、周りから教会にいる人を見る目には間違いを侵さない好い人という印象があるのではないでしょうか。 
 JCOBの礼拝に集っている人たちを見ていて、教会(礼拝)は楽しいものだという印象を初めて持ちました。日本人は、自分の方から教会の敷居を高くし難しくして遠ざけているのではないかと考えてしまいました。もっと単純に楽しみ喜んでいいんだと気づかせてもらいました。

2017年12月21日木曜日

核兵器は絶対悪


「核兵器は必要悪ではなく絶対悪」

2017年のノーベル平和賞を受賞したICAN。核兵器禁止条約の採択に貢献したNGO・ 核兵器廃絶国際キャンペーン。その授賞式でのサーロ―節子さん(広島での被爆者)の訴え



 核兵器は当然のこととして、原子力発電 “核”は人知を超えたものと確信している私としてはもろ手を挙げてICANのノーベル平和賞受賞を評価 喜んでいます。

 正直なところ、このたびのことで初めて知った方ではありますが、サーロ―節子さんの訴えには同じ思いです。 大体 必要な悪 なんてのはおかし事ですよ。

2017年12月7日木曜日

異時同図法


異時同図法

(一つ・一枚・一幅の)画面に同じ人物・場面を幾度も画き事柄の流れを表す描き方。



この技法を用いれば、端 区切り・終わり・限ある一つ・一枚の“画面”でも物語・その推移を表すことができるわけです。

そして、この形自体が時間の経過・流れを意識させる巻物。これとて決して端 終わりがないわけではないのだけれど、繰り広げ巻き取りながら一幅の画面に時間とともに移り変わり・推移を鑑賞していくときにはその効果が増すというわけです。

2017年11月23日木曜日

“たばこの害”

何紙か新聞に目を通しています。その中の一つで先日読者欄に「私が初めての禁煙タクシーです」と投稿されたものを目にしました。 80を超しもうタクシードライバーの仕事は引退されているとのことでしたが、当初お客様の反応だけでなく管轄官庁からの指導と
いう名の反発も相当だった旨が書かれていました。 

この投稿はそれに先立って、前に停まった車が灰皿にたまった吸殻を道路にぶちまけたのを目にした等々のたばこを吸う人のマナーの悪さを嘆いた一文を目にして書かれたもののようでした。私もたまたまこの投稿を目にしていて「だからたばこ飲みは嫌がられるのよ」と思っていたところ。だって、たばこの臭いは結構強烈なのに前を走る車が窓を少し開けて煙を車外に吐いていると臭います。(臭いが来るという事は有害物質も来ているという事!)自分の車の灰皿を汚さないためにという事なのか窓から手を出して煙草の灰をポンポンとしていることまであるんですもの。 後ろに居る車・人の事なんかまったく眼中になくお構いなしなんですもの。 そんな、人の事・周りにお構いなし自分に都合のいい解釈・対応しかできないからたばこ飲みは嫌われるのよと思います。 
 2回目の東京オリンピック、2020年まで1,000日を切りましたけれど、前回に比べてどうにも盛り上がりに欠ける気がしてなりません。ごたごた続きで、これまで何かとよそを「あんなんで大丈夫か」と言ってたのにもうそんな風に言えないなぁという感じです。
このオリンピックに関してもたばこ飲みの人の自分勝手さを感じる出来事があります。
無理辺にオリンピックと書いて「オリンピックのために」「オリンピックまでには」という一言ですべて通してしまおうという魂胆が丸見えのことがどうどうとまかり通っています。それなのにその同じ口でオリンピック開催都市に求められている禁煙の取り組みに、お店のお客が減る・経営者の人たちの経営・生活はどうするんだと言って抜け道をつけてしまいました。 結局は自分の都合のいいようにオリンピックを利用しふるまっているだけという事としか思えません。
 たばこが健康に悪いというのはもう疑いの余地がないことですが、禅の発想から言うとこんな身勝手なふるまいをしてしまうという事自体がすでに“たばこの害”だと思います。

2017年11月6日月曜日

美術の根本 図工教育の究極の目標


先日「海外女子教育」という冊子のNo534 2017.8号に掲載されていた小学校の美術教師を務めている河本満美子さんの一文が目に留まりました。その一部、特に印象に残った言葉を紹介します。


・自由な発想で楽しむことが美術の根本

・図工や美術の学習では「間違いや失敗」はない

・図工の成績の付け方は、表面上の上手下手ではなくどれだけその子が表したいものを表現することができたかを大切にしています。

・お手本そっくりに描くことが目標ではない「筆で絵の具を塗ることを楽しむ」という目当てさえ押さえていれば見本とまったく違う作品が出来上がってもいいのです。

・想像力を働かせ身体を動かして発想力・創像力という「生きる力」を養うのが図工教育の究極の目標。



こういう話(文)を聴くとすっきりします。

2017年11月3日金曜日

買ってもらうより嬉しいのは


今は現役を引退した医師がずいぶん前に「年齢が高くても手術ができるかどうかの判断は  自分で歩けること  自分の口で食べられること」と言っていました。
私自身大変だった時、人が精神的に健康な状態(自立・安定)というのは 自分で選び決定する ことができる(これは、自分の中でも周りの環境からも)ということで保てるしある時には取り返すことにもなると物の本で目にしたことがあります。



彼女がボランティア期間(見極め期間)を経て初めてもらった給料でしたこと。

彼女は私にケーキをご馳走してくれました。少し高めだけれどお店の作りも素敵な美味しいケーキのお店です。「今日は私がご馳走する」と言って端から端までのケーキに目をやってからようやく一人に二つずつ買いました。  介護の仕事は必要だし大変な仕事なのに低賃金の業種。初めてのサラリーも推して知るべし。つい私は「そんなに高くてもいいの?」なんて余計なことを言ってしまいました



初めてのサラリーで100円ショップにも行きました。

ついて回ると、彼女が次々手にするものは靴下とかノート マーカーペン 髪留めといったこまごまとしたこれまで一緒に買い物に行って買ったり自由に使っていいよと家に買い置きしてあるものばかり。 一時間と少し見て回ってお店備え付けの籠半分くらいになった品物の数々。100円ショップなので一つ一つが高い物というわけではないのでしょうが金額的には2,700円にもなりました。ずいぶんと買ったものです 

支払いをする彼女は至極満足な表情でした。


 私は気付きました。“自分で働いて得たお金で 自分の欲しい物を見 選び 買う” それをしたかったんだと。

買ってもらえばありがとうと言っていたし喜んでいてくれたと思います。でも自分で働いて手にしたお金で自分が好きなものを選んで買う。それこそが自立した人にとっての本当の喜びなのだと気づかされました。

2017年10月21日土曜日

行政の長としての安倍首相の発言にあきれています


衆議院選挙、ニュースで各党首の街頭演説の模様を目にして安倍首相の発言にあきれています。

「皆さん 」と呼びかけて始まり「このままでいいんでしょうか」で終わる演説は少子化の問題も雇用・低賃金 教育 生活困難・貧困、自分が一番不安をあおっている安全保障まで行政の長として自分がそうしたんでしょ と思うんです。

実際にやってみると自分が思っていたようにいかないものですが、安倍さんの言い方は別の人がやったせいだというような言い方をしていて、自分のやっていることの結果が今なのに、問題を取り上げれば取り上げるほど どういう人なのと思ってしまうのです。

2017年10月14日土曜日

審査合格=安全ではありません


自分の都合を動機に衆議院解散・総選挙に打って出た安倍首相。 総選挙に向けて公になった各党の公約の内の原発についてを見ていると、再び根拠のない安全神話に持っていって原発再稼働をしゃにむに進める主張から明確に再稼働反対の主張・公約まで様々。でも2011年の311で原発・放射能は人知を超えたものだという事実を知ってしまった以上、政治的解釈判断は別として原子の力は安全で夢のエネルギーという事をすんなり受け入れることはできません。



これは要するに責任回避の布石なのでしょうが、将来的に原発をどうするか・現在休止中の原発の再稼働を認めるかどうかについて「原子力規制委員会の審査を合格した物“安全”と認めたものの再稼働は認める」としたものがありました。 これについては、先日その任を終えた原子力規制委員会の田中俊一前委員長がこんなことを言っていたのを思い出します。 「基準に合うかどうかを審査したのであって、安全だとは申し上げていない。」



予測していなかった技術的・世界情勢の変化に対応するべく打ち出されてくる新しい基準。つまりまだ原子力発電の技術は定まったものではないという事。いざ原発事故となった時の影響の大きさは人間の持つ知恵・技術・時間軸ではいまだ対応しきれていないという現実。

事故の時、危険な原発から離れて=避難計画はどうなっているかというと様々な放射能の影響の出方・地域範囲があるのにいまだにぐるりと半径何キロという縁で示すだけ。その範囲に入った自治体は避難計画を立てなさいという事になる訳だけれど、再稼働についての意見は考慮されない。 聞けば一度今まさに擬古を起こしている危険な原発に向かい通り抜けなければ避難できない道路・計画の物もある由。大地震でも津波は来ないを前提とした対岸の県からのフェリーを使っての避難計画。

安全基準一つとっても、建設申請審査の時から考えれば50年も60年も前のものに後付けしているだけ。今盛んに安倍さんが危機をあおっている北朝鮮のミサイル攻撃に関しても5年の間にという猶予が設けられていて「今頻繁に北朝鮮がミサイルを撃ってくるけれど原発には5年間は当たりません」という事ですか?

一体どの対応が望ましくてどの話が正しいのでしょうか。発言の時間の幅を広げてその場その時の言っている事を振り返ってみるとつじつまが合わないことが多々ある安倍さんですが今回もどうもおかしい。一体どうなっているのでしょう。

2017年10月9日月曜日

共謀罪と秘密保護法を結び付けてみると


日本という国は、昭和の時代・第2次世界大戦の時の隣組制度そして遡る事戦国・江戸時代の五人組制度。それをもっと遡ることもできるようなので、今に始まったことではなくもともと監視し合うというか牽制し合う国だなぁと思います。 制度・政策でなくとも周りと合わせる、違わないように出すぎないようにという事をいつも意識しているなぁと感じています。

もう一つ。日本という国は、自分の方に原因がある時でも“水に流す”と言ってご破算にしてしまう。そうでない人・動きもありますが、すべき反省や取るべき責任を取らず自分で自分のことを許してしまうところがあると思います。

記録を破棄する残さない というのも昔からおんなじだなぁと思います。 資料があるという事は場合によっては無実を証明するための証拠にもなることがあるというのに。人に言えない・知られてはまずい・いけないと感じていることをしているという自覚・自認があるからこそ破棄するのかもしれませんが。



話変わって。 少し前、集団的自衛権・安保法制に関する一連の流れの中で共謀罪と秘密保護法を結び付けての恐ろしい話を聴きました。 刑法 の基本的な考え方・ルールは、どういう犯罪どういう罪を犯すとどんな刑罰を科せられるのかが事前に明記されていること だというのです。 ところが秘密保護法が成立してこのルールが崩れてしまったというのです。 秘密保護法では、何が秘密なのかも秘密 だというのです。 少なくとも今は戦前の治安維持法の死刑までは問はれていませんが、 何が刑法・犯罪 逮捕の対象になる行為なのか事前にわからない 聞かれても言わない、そこへ共謀罪。国会答弁では対象者はあくまで犯罪者や犯罪集団だと言っていましたが、対象になるかどうかは調べなければわからないので日常の個人的な趣味嗜好そして同好の士・ご近所とのおつきあいすべてが監視の対象ととらえるのが自然でしょう。 

 こんな怖い 組み合わせるともっと怖い法律、着々と戦争する国の準備をしている世情が恐ろしい。 

2017年9月25日月曜日

ハニー


 タガログ語では ポ(PO)と付けると丁寧な言い方になるそうです。

 気をつけていると会話・SNS上のやり取りでも結構使っていることに気づきます。

 

 今となると何時頃からだったろうかと考えてしまいますが、彼女が「〇〇〇 アン?」時には「アン」と話しかけてくるんです。 ポ(PO)同様の意味合い・使い方の言葉なのかなと思って聞いていたんですが、あんまり頻繁だし言葉を一つ覚えるいい機会かなと思ってどういう意味なの?と聴いてみたらびっくり。 私には アン と言っているようにしか聞こえなかったのですが彼女は アン ではなく ァン と言ってるんだそうです。

そしてジャパニーズ・イングリッシュではっきり言ってもらったら ハニー だったんです。 はにかむ彼女に、どこがどうなったらハニーがアンになるのか半分 うれしさ半分でもう一回言ってほしいと頼んだら確かにハニー=ハアンでした。  ありがたいことです。

 

 100%何にもないと言ったら嘘になるかもしれませんが、今がこれまでの生活の中で一番落ち着いて穏やかで安定している気がしています。 成長が遅いのか、彼女よりも先に生まれいろいろあってこの年齢差でやっと同等になれた気がしています。

2017年9月20日水曜日

素敵な響き “ひとひろ”

   先日素敵な言葉 というか素敵な言い方というか、いいなぁと瞬間感じた言葉を訊きました。
“ひとひろ”  漢字で書くと “一尋”。 でもその時頭にいい感じだなぁと浮かんだ字は “人尋”
古布を割いて縦糸に織り込んで作る草履作りの講座で教えてくれた、どちらかというと小柄な女性が縦糸になる紐を切り出すときに身体で紐を寸法を測って“一尋”と口にしたのです。   どうも、人間が両手を左右に広げた時の指先から指先の間の長さで草履の縦糸を切り出すとちょうど足・草履の大きさにちょうどいいとのようでした。
それで言うと、この小柄な女性が切り出してくれた縦糸は厳密に言うと私の足の大きさには少し足りないという事になるのでしょうか。 
私こういう人というか、こういう瞬間・出会いに弱いんです。すっかりやられてしまいました。


もともとの“一尋”とは5尺あるいは6尺をいったようですが、明治以降は6尺と定められ現在に至っています。 6尺というとちょうど一間。 人間はたって半畳寝て一畳(一畳とは一間と半間の長四角)なんて言葉もあるし。 洋の東西を問わず人間の身体を基準に寸法を決めるというのは昔からありますね。 もちろん所変われば時代が変わればだし、厳密に言えば離れたところの人とだったら今の時代では主流でないことはわかっていますけれど、こんな言い方が通用する関係・生活に何か惹かれます。
(一尺は約30㎝ 半間は約90㎝ 一間は約1.8m)

父との会話

   先日父が転医しました。2月に、入所していた施設からインフルエンザとそれを遠因とする誤嚥性肺炎で緊急搬送されてから3つ目の病院となりました。

 幸い今すぐ生きる死ぬという状態ではありませんが、低いレベルで落ち着いてしまって、以前のように外出するとか食べたいものを食べるという事はできなくなってしまいました。

 そんな状態の父ですが、私との関係では今がこれまでで一番普通に話をしていると感じています。

 根っからの技術屋の父と私とはずっとそりが合いませんでした。

そんな父とでしたけれど、高齢になり介護保険を使っての一人暮らし、施設入所もし入退院を繰り返し、歳を重ねる中で当然ながら認知症も進行しそこへこのたびの健康問題。 私がずっと医療・福祉にかかわっていたという事もあったのだとは思うけれどいろいろ対応してきました。

このたびの入院では一段と身体が弱り車いす移動もできなくなりました。一時練習もしてみたのですが、誤嚥性肺炎を繰り返すという事で今は経管栄養だけになってしまいました。顔も首も、身体全体がほんとに細くなってしまいました。

これらに反比例して、私に対しては徐々に口が軽くなり口数も増えてきました。私も仕事でお年寄りと接してきた経験が生きる対応に変わってきたと思っています。父は父のままなんですけれど。

昔のことを考えると、前は何だったんだろうと驚くくらい自然に話しています。 歳が行き出かけることも口から食べることもかなわなくなってから初めてとはいうものの、このように親子で会話ができるという事に感謝しています。

2017年9月10日日曜日

今だからこそトランプ大統領に観てもらいたい映画



この作品以降一層深刻化している地球温暖化。そんな今だからこそ「地球温暖化はでっち上げだ」ととらえているトランプ大統領に観てもらいたいと思った映画「デイ・アフター・トゥモロー」。(2004年 20世紀フォックス映画)
こんな惨状になってしまってこの後どうなるのだろうという素朴な疑問がわいてしまうラストではありますが、途中、アジアに属する日本を別とすれば北半球・西欧とアメリカ合衆国をなぜそうなるかとても私には説明できない規模の低気圧・寒気が覆い結果アメリカ(合衆国)側からメキシコ側に人々が国境を突破してなだれ込む「国境に壁を築いてメキシコ側からの入国をストップさせる。」と大声を上げているトランプ大統領はこの様を見てどう思うだろうかというシーンも画かれています。

2017年8月31日木曜日

目をそらさず ちやんと視ることの大切さ



「もし(不正に)怒っていないなら、それは目を向けていないからだ。」

 

アメリカ合衆国 バージニア州 シャーロッツビルで行われた人種差別反対の集まり(2017812日)に対して、極右ネオナチ信奉者の運転する車が暴走して来た際に死傷した19名の一人。ヘザー・ヘイヤーさんの想い。

2017年8月26日土曜日

同じ入場料金なのに


 展覧会の内容も会場も異なるものだけど、たまたま同じ900円という入場料金(と言っても正確には一つは前売りで片や当日券でですけれども)なのに違う印象を持ったものがあったので書きます。

前売りの方は時間がたってしまったけれど万代島美術館を会場に行われた「マリメッコ展」。 もともと“布”に関心がある私。 昨年映画「ファブリックの女王」を視ていたこともあり、その時入手したこの展覧会の予告情報。 映画の方は抜きんでて大きな話題になった作品ではなかったかもしれないけれど、時々新潟でも公開される北欧の作品、味わいに影響してくる光の扱い・色合いに惹かれるものがあって観に行ったのです。ちょっと辛かった。特に一定の地保を築いてからの“人生”が。「ストックホルムでワルツを」を想起させるところがあって。  展示された一つ一つの作品・商品には、時代を作り同時に反映でもあったんだと感じました。その作品が生まれ生きた時代を作品とともに紹介しているものには、時代が変わっても単純に古くなって消えていくだけの物ではない力・魅力を感じました。

 もう一つの方はつい先日行ってきた「萩尾望都SF原画展」 

私自身特定の作品や登場人物に入れ込むという方ではありませんけれど、手塚治虫さん(作品)は別格として好きな作品・作家は何人かいます。世の中のスピードがドンドン速まる中単行本や月刊誌が週刊誌にとってかわられる頃単行本で「11人いる」を知りました。レイ・ブラッドべリという名前もこの作品で初めて知りました。今でも印象深い出会い・作品です。 そんな萩尾望都さんの原画展だからこそわざわざ行ったともいえるんですが、正直展覧会自体にはがっかりしました。

二つを比べてみると、ジャンルは違へど展示物自体の質・レベルに優劣はないと思います。 でも運営に当たっての違いを大きく感じてしまったのです。

展示施設の環境 展示の仕方 スペースそして一番違いを感じたのがかかわっていたスタッフ。運営にかかわっていたスタッフの質が違いました。 萩尾望都の方は図録はおろか展示作品を紹介する印刷物自体ありませんでした。もしかして見落としたのかと聞いてみたらチケット販売そしてもぎりのところにいた複数の人はそんなことを聞かれること自体思ってもみなかったことのようで要領を得ず、呼ばれて対応に出てきたずいぶん大柄の男性は今どき珍しいほどの唾液とニコチンが混ざった独特の臭い・息を吹きかけながら「記念紙誌」発売をアッピールするのが目的の展覧会なので図録というものはない販売している本を買ってくれとだけ言って終わり。宣伝のためだったの!

 人物にも作品にも優劣がないのに展覧会そのものの印象が結果としてなぜここまで違ったのか、作品だけが展覧会を作るのではないといういい教訓でした。満足を感じられるかどうかは作品の質はもちろん大切なことですが、展示会の持ち方・運営の仕方 スタッフの存在も関係してくるのだとわかりました。

 今の時代ですからこの展覧会の入場料金が突出して高いものだとまでは言いません、でも二度と戻ってこない時間も併せてすごく高くついたと感じました。 

2017年8月22日火曜日

ガーデンシュレッダーを購入しました。(YAMAZEN ローラーミルガーデンシュレッダー・YRM-35A) 3/3



・粉砕できる太さ“35mm”というのは実用上十分だと感じました。 これ以上になると作動音や機械のサイズがこんなものではないと実感しましたので。
・本体は思っていたよりも小さい印象でした。上の方から投入口とモーターとミル式の歯のある粉砕部、チップを受ける部分があるだけ。チップを受ける方式は袋式と購入した箱式の物がありますが本体を上方に支えるのはパイプ様のアームだけですので箱式の方がしっかりした印象を与えます。
・御近所の手前気にしていた“音” 空転時はヒューヒュー 竹のようなものは軽いけれどバキッという音が結構。湿り気のあるものはゴンゴンゴンという感じ。乾燥した枝は響き気味。
突出して大きな音とまでは言えないけれど使う時間帯使い続ける時間などは配慮した方がいいでしょう。 そしてこれはほかの事にも言えることですが、日常のおつきあいが大切という事でしょうか。
・安全装置は 粉砕片ボックスの固定も兼ねた安全レバーとモーター過負荷防止ブレーカー=リセットボタン の二つです。
例えば何か巻き込まれたようなときはどうなるのかという思いもありますが、そんなアクシデントでない場合は十分と感じます。 これまで止まったケースは連続使用による加熱で2回。少し時間をおいてリセットボタンで復旧です。
止まると言えば非常停止とは意味が違うんでしょうが、モーターは動き続けているのに枝を取り込んでいかなくなったことがありました。粉砕ボックスがチップでいっぱいになったのが原因でした。ボックスがいっぱいでなくとも、ローラーミル真下がいっぱいになると空転します。 
もう一つ。電源プラグが抜け止め防止式でないので抜ける、その結果止まることがありました。 最初何で止まったのかわからず、安全装置のあたりをいろいろ見ていました。抜けないことによって暴走してしまうよりは止まってしまうという事の方がいいのかもしれませんが。 
・電気使用量
止まることなくバキバキと枝が取り込まれていく分心配でした。私の家はもともとたくさん使う方ではないので電気代の請求金額を見てみると使用量は以前の月の2倍強という印象。 季節柄、エアコンをどうにも我慢できないときに少し使ったのも含まれていますが、やはり結構かかるという事でしょうか。  使ったときは連続で2~3時間使いどうし、モーター15アンペアでという事からすればこんなものなのでしょうか。

今回シュレッダーには山となっていた結構な量をかけました。細かくすればゴミに出せますといううたい文句は確かにそうでした。あっという間にいっぱいになる箱一杯50ℓのチップは持つには結構重い分量です。
私、粉砕片はブナ林のあのフカフカした足元みたいになればと思って庭に敷いています。敷いたところは確かにフカフカです。 これからふかふかのままで行くのか腐っていくのか水はけが悪くなるのか、どうなっていくのでしょうか。 カブト虫が卵を産み付けに来るかなと少し楽しみな気もしています。

2017年8月17日木曜日

ガーデンシュレッダーを購入しました。(YAMAZEN ローラーミルガーデンシュレッダー・YRM-35A) 2/3 




サイズ 重さ 

460 奥行620 高さ920 mm 本体重量19㎏ 粉砕片ボックス50L 消費電力1,500W 電流15



いろいろ調べる中で大型の物(業務用?)もたくさんありましたからそういう事でいえばこの機種は個人用・家庭用という事になるのでしよう、とは言えガーデンシュレッダーという代物は一家に一台というような代物ではありません。

ホームセンターの広告で一度目にしたことがありますけれど、日常的にそうそう目にするものではありません。時々行くホームセンターにも在庫はなく取り寄せになるとの由。あまり出る・扱う製品でないという事で対応してくれた人も詳しくなくお勧めのメーカー・機種というもののアドバイスもありませんでした。 そんなことで機種は自分で決める必要があります。 どうせ取り寄せならポイントの溜まる家電量販店で購入することにしたのですが「ほんとに取り寄せていいんですね。」とくぎを刺されました。

でたどり着いたこのメーカー・機種は、他の製品もあるので取り扱いメーカーではあるけれど「あまり出る機械・扱った実績がないのでこれくらいにしかできません」という話でしたがポイントサービスと合わせると実質3万円を切り2万半ばから後半のあたりという事になりました。



機種選定にあたってネットで調べたポイントは、もちろん・どれくらいの太さの物まで細かくできるのか。

それと、意外と隣近所に気兼ね・モーター音 枝を裁断するときの音を気にしている話があったのでそれを比較。その中で、歯が回転して切り刻んでいく式 うす・ミル式の物が枝を手繰りこみながら粉砕していく式のものがあることがわかりました。そして音の大きさは、ミル式の物の方が小さ目という事がわかってきました。 

値段の方は、もっと安いものも含めて様々なメーカーから様々な機種が出ている中で、カタログ情報になりますがどれくらいの太さの枝まで粉砕できるかということで比べてみて今回の機種はコストパフォーマンス的にはいい辺りかなぁと思います。

故障・トラブル発生の程度もこの機種に特有のというものは見つかりませんでした。

2017年8月15日火曜日

O2 14-11-8 平和祈念公園 “平和の灯”  見かたを変えてみると

    先回行くことかなわずいつかと願っていたところ“平和の礎”その平和の礎の海へ向かっての突端部にこの写真の“平和の灯”はあります。
   先回実際に行ってみて美ら海水族館は沖縄海洋博開催を記念して作られた沖縄海洋博記念公園の一角だった、ほんの目の前にあの有名な伊江島がある一角だったと初めて気づいたと同じ体験をここでもしました。
平和の礎はとても広い平和記念公園の一部でした。そして平和記念公園のある摩文仁の丘は、いわれを知るとどうにもイヤな響きの言葉のバンザイ・クリフのところだったことをいやでも知ることになりました。
いつも目にしてなじんでいる地図は北を上にして“自分”が中心にあるものです。それが、平和の灯の噴水の底に見つけた地図はいつも見慣れたものとは違っていました。正直気づくのに少し時間差がありました。向きは、大陸・中国側を背にして沖縄・琉球が中心にくる形になっていました。何時も見慣れたものと違う地図。ドキドキする新鮮さがありました。こうしてみると、沖縄は日本・朝鮮半島・新旧中国・東南アジアそして太平洋を挟んで他の海洋諸国との位置関係で独自の物を持っていることに改めて気づきます。
北半球なので北が上というのは間違いではないんだけれど、中心を普段自分がいるところから今いるところに動かす、周りとの位置関係を実際に合わせてみると世界が変わる 自分の発想が変わると感じました。

 追伸 先端部で消えることなくともされている平和の灯の火は、アメリカ軍が最初に上陸した阿嘉島で採取した火 原爆投下後の広島市で採取した火「平和の灯」と長崎市原爆投下後の「誓いの火」を分灯したものを改めて合わせたものだそうです。

2017年8月14日月曜日

12年間一日たりとも休むことなく原爆が落とされるという事

  86日広島 9日長崎の原爆投下の日・平和式典、原水爆禁止世界大会が終わりました。
今年(2017)は先の核兵器禁止条約のことがありいつもに増して熱気にあふれ、大きな前進一つの節目を迎えたという印象があります。
 
  そんな中、安倍首相は平和式典での発言ではあえて触れず、被爆した人たち核兵器の廃絶を求め平和を願う・核兵器禁止条約会議への参加を願う人たちの申し入れに対しても「核保有国と非保有国の橋渡しをするのが日本の使命」だと切り返すのみ。いつものことですがそのためにこういうことをしますという具体的方策の全くない言動で答えました。 日本の首相なのに日本の立場に立たないその態度には「あなたはどこの国の総理ですか!!」という言葉が上がるほどでした。

 ところで、原水爆禁止大会に関係する様々な報道の中に“目から鱗”のこんなものを見つけましたので紹介します。 それはアメリカ合衆国における核実験の中のビキニ環礁で行われた23回の核実験とはどうゆうものなのかをわが身に置き換えて想像しやすくしてくれる、それは同時に非常にショッキングな話でした。
 通常、兵器(爆弾)の威力を表すときTNT火薬に換算すると何キロというような表し方をしています。例えば広島型原爆はTNT火薬に換算すると15,000トンの威力だ、というように。
 そして核兵器の大きさ・威力を表すときにはその広島型原爆のいくつ分という言い方もします。それでいうと、どんどん大型化する時代の核兵器23発は12年間一日たりとも休むことなく毎日広島型原爆が落とされるという事だというのです。
 朝目が覚めると原爆が投下されたあの惨状を毎日毎日体験しなければならない酷さ。  
恐ろしいことです、普通に思うだけ・想像するだけでも精神的に参ってしまいます。

 目が心が閉ざされていなければ これは何とかしなければ となるんではないかと、改めて「あなたはどこの国の総理ですか」と思います

2017年8月9日水曜日

ガーデンシュレッダーを購入しました。(YAMAZEN ローラーミルガーデンシュレッダー・YRM-35A) 1/3

    ここに移り住み、木々に囲まれ涼しい高原の林のイメージで庭にいろいろ植えてきました。住んでみて初めて分かった風の通り道、網戸を吹き飛ばし屋根瓦をはがすほどの風に抗する目的もあって植えた木々。
特に風の通り道・息づきながら吹いてくる側には少し大きめの苗木を並べて植えました。真似事をして作ってみた野菜の類はお付き合いのできた農家の人からの頂き物の前にいとも簡単に限界を思い知らされ、ハーブに変更。
不思議なんですよ、庭の一角にハーブを幾種類か植えてみました。何度飢えても冬を超えられず翌年には消えているもの。弱そうなんだけど、春また芽吹いてくれるもの。消えてしまったかと思ったら植えたはずのないところで花を見せてくれたり。移植した木々は場所になじもうと必死な1年目、地上部の動きは特にありません。なるとなんとなくしっかりした印象の2年目。それが、幸運にも3年目を迎えると一気に背も高くなり枝を伸ばし始めるんです。
そんな木々、大きく育つにつれ庭全体・他の木々とのバランスや日照の関係で枝を選定しなければだめになってきます。ここに住みだした頃は周りに家も少なく、庭で火を焚くことにそれほど気を使わなくてもよかったので、そんな剪定・伐採した木を焚いて楽しませてもらいました。暖房に使っていた薪ストーブにくべたりもしていました。揺らめく炎を眺めながら家族・友人と過ごす時間は至福の一時でした。
もちろんプロの腕前にはくらぶべくもありませんが、蔓は蔓で細枝は細枝で太い木は太い木で手慰みの工作に使ったりもしました。
でも木が太りだしそんな手慰みの工作程度では使いきれないほど剪定した木・枝が増え、幸い置く場所があったのでしばらくは様子を見ていたところに思い付いたのがガーデンシュレッダーというわけです。
今家庭で剪定した枝を堆肥作り用に自治体で回収してくれるようになりましたけれど、その際でも一定のサイズに切りそろえたりの出し方のルールがあります。そんな時に「細かく砕けば普通ゴミに出せます、自分でたい肥作りもできます。」という宣伝が目に留まったわけです。
 具体的なことの前にまず一言、買ってよかったかどうか?  一言でいうと「買ってよかった。こんなだったらもっと早く買えばよかった。」です。

2017年8月2日水曜日

核兵器禁止条約採択


国連において核兵器禁止条約が採択されたことを喜びます。(201777日 条約をめぐる会議に参加した国は国連加盟193カ国の内の124、そのうちの122カ国の賛成)

すべての核ではなく核兵器と限定されているのは残念なことだけれど大きな前進です。



 核保有国および軍事同盟を結びあっている国々が参加していないことをもってしてこの会議・条約の不十分さを指摘する声があるのは私も知っているけれど地球と人類の将来に対してこれら不参加の国々は恥を知るべきだろう。

 ただし、今回の採択時に不参加だった国々も、歴史の流れ 世界の趨勢が人道に反する兵器=核兵器の廃絶に向かっているという事を認識しているが故の不参加だったのではという感もしている。

そう考えてくると、率先して参加し実現に向けて動くべき被爆国である日本よりは言行一致の国々のような気もする。  報道もされた“あなたがここにいてくれたら”という写真を目にすると日本という“国”の態度が恥ずかしい。

2017年7月26日水曜日

今更ながら食の大事さ主の祈り



国連そしてunicefやWFPの活動を支持しています。その動機は、これまでかかわったことの中で医療・健康のことはもちろんですが教育と食、特に食べることが大事だと感じ、現状において今すぐにこの世のすべての争いを亡くし去ることが難しいのであれば、それまでの間食べること・食糧援助をと考えているからです。    




ところで。

私は祈りの言葉に詰まると何時も主の祈りを唱えていました。 何度も何度も唱えましたから全部知っていたはずでした。

 “はずだった”   それが、この日曜礼拝の時主の祈りを唱える中で、願う順番が罪を許してもらうよりも 神の加護を願うよりも先に日日の糧を望んでいる「~ 我らの罪を許したまえ ~ こころみにあわせず悪より救い出したまえの~」前に「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」と願っているという事が“初めて”聴こえてきたのです。今までどれほど口にしたことだろう主の祈りに祈られている願いの順番を初めて意識したのです。
迷ったときはこの祈りを唱えよとした神様は、毎日を普通に暮らし送っている人々にとってまず何が必要か何を願うべきなのかよくご存じだと改めて感じたしだいです

2017年7月20日木曜日

O2 14-11-7  確かに地元の人の集まるところ 生活道路だった平和通り 


  
希望が丘公園と桜坂劇場を見つけました。 「希望が丘公園」は丘の形状を利用して作られていて、ずっとアーケードに覆われた通りを歩いて来た後だったので高く見通しのいい景色が新鮮でした。その公園内をあちらこちら歩いていたら道を挟んで「桜坂劇場」という映画館がありました。(上映作品を紹介する看板が立っていたので 映画館とわかった)この年季の入った建物は、2階に雑貨のお店や カフェ イベントのできるスペースが入り 1階が主にミニシアター系の作品を上映する映画館でした。

 人為的に区画整理されたところはまっすぐ道が伸び幅も広く見通しが良いようにつくられていますが、国際通りから内というか裏に入った道は必要に応じて付け足しながら伸びてきたような、川が流れていたように感じましたけれど地形に応じてちょうど粘菌が広がっていくようにうねうねと伸び広がってきたところ。 こういう生活感たっぷりのところは得てして地元の人しか知らないような裏道・抜け道があるものです。

 この時は何かひらめいて一見お店の裏口しかないような細い、普通だったら抜けられないと判断して決して入っていかないような狭いところへ入ってみたらそれが大当たりだったんです。小路の先、建物の裏庭みたいなところの向こうに階段があるじゃないですか。  その階段を上ってみたら「希望が丘公園」だったというわけです。   

通り自体が命をもって伸び広がっていくような平和通り(ほかの通りも全部)は確かに地元の人が集まる生活の場 生活に密着している所でした。

2017年7月15日土曜日

O2 14-11-7 牧志公設市場

 表通りという事になる国際通りから中に入るかたちで“牧志公設市場”があります。国際通り・平和通りを紹介する時に出てくるこの名前・市場は、通りにそれぞれに持ち味があるだろう大小さまざまなお店が居並ぶ中で業種的にここにしかない店舗があるというふうには特に感じなかったので、一つの目印的なところという事で紹介されているのかもしれません。

雰囲気は、特に1階に昔は各地にあった一つ一つでは小さな個人経営のお店が補完しあう形・共同で大きな建物に入っていた“市場(いちば)”の雰囲気が残っていました。 今も各地に“市場”がないわけではありませんけれど時代の流れなんでしょう、大手資本によるスーパー ショッピングセンターに置き換わってしまいましたから昔懐かしい雰囲気が味わえるという事になります。

 建物全体は3階建てのようです。 結構古そうな市場の建物は中がのぞけるような感じで直接道に面しているわけではなく、人の通るところにせり出して売り物が山積みされているお店とお店の間に入っていくような形で中に入ります。 1階は、ここも人の通るところにまで品物が並べられています。 2階はそれに比べるとスペース的に少しもったいない様
(さま)。広いというかガランとした印象です。観光客ももちろんいますけれど、意外と地元の人がくつろぐというか暇つぶしをしている、仲間同士暇つぶしに集まっていてもいい所というような風にも感じました。 ここの食堂はお願いすると1階で買った食材をすぐ料理してくれるようです。観光客が生魚を持ったままあちこち見て回ろうというのは現実的ではありません。でも、普段目にすることのない鮮やかな体色の魚を食べてみたいというようなときはありがたいお店という事になります。 3階は何か事務室的に使っているのかもしれませんが、お店は無いようでした。

 私はここで、市場はこの奥ですよという案内看板のところで見つけた生のサトウキビを圧搾して飲ましてくれるサトウキビジュースを飲んでみようと思いました。ところが探してもそのようなお店が見つけられず、そのうえ市場をぐるぐる回って出たところが入ったところとは別の出入り口だったようで結局最初のお店にもたどり着けず飲むことが叶いませんでした。 
サトウキビは、畑で切り取るとその瞬間から甘味が抜け出すというふうに聞いていたので、遠く離れた新潟では口にすることのできない物と思っていたので飲んでみたかったんですけど残念でした。

2017年7月14日金曜日

本当は これでも十分傷ついているんです


 先日フィリピンからきている人たちが「チャーチ チャーチ」と呼んでいる集まりに参加してみました。 参加してみての印象は、チャーチ・教会の集まりですから礼拝と言っていいんでしょうが“日本の教会”の礼拝とはずいぶん雰囲気が違いました。ピッタリ同じというわけではありませんが、例えば映画「ブルースブラザース」のアフリカ系アメリカ人の人たちの礼拝を思い浮かべてもらうと当たらずとも遠からずでしょうか。この日の集まり・礼拝は歌って踊ってすごくエネルギッシュ 楽しそうです。前に出てマイクを握りリードする人たちの歌唱力は大したもの。 身体全体を動かしステップを踏んでいる人 そこまで大きくは動かないけど左右に身体を動かし時折手を挙げている人、感極まってなのでしょうか座り込んで両腕を掲げる人もいます。 
ここに集まっている人たちは故国を離れ言葉も生活習慣も違う人たちの中で、毎日仕事をし生活をしています、その日々は決して楽なことばかりではないと思います。 だからこそなおのこと、同じ国・ルーツを持つ人同士 同じ言葉を話す人同士・母国語で話のできる相手・場に集まるのかと思いました。 

 そんな様を間近に見ていて感じたというか思ったこと。私はいつも、よく言えば冷静という事なのかもしれないけれど常に冷めているような今一つノリが悪い気がしています。この日も、その場に一所にいて気持ちとしてはこの人たちのように熱狂・熱中できたらいいのにと思っていながら、同じように大きな声で歌い身体を動かし歓びを表せませんでした。正直 うらやましく思いました。

いくつになっても落ち着かないという事なのかもしれませんが、今だにいろんなことに関心があって、いい集まりだなぁ この人たちともっとひたしくなりたいなぁと思って参加すると大体どの集まりでも私が年長。そのうえ自分で言うのもなんだけどたいして役立つことでもない雑学とは言えいろいろ経験もし知っている方。それでいて相手が私の知らないことを知っていたりしたら年下でも気にしないという感じで接するもんだから、相手からはかえって煙たがられるのかもしれません。実際は十分年上・年が離れているのに。
つい先日は「(あなたがいると)やりにくい」と言われました。「(あなたがいると)雰囲気が悪くなる」と言われたことも「変わった考え方をする」と言われたこともあります。そこまで言う! とも思いましたけど、私が鈍感にも雰囲気をくみ取れないからそこまでずばりと言ったのかもしれません。 でも傷つきます 

2017年7月10日月曜日

ジャム作り



先日の桑の実ジャム作りで「こんな簡単でもいいんだ!」と目からうろこの体験をしてからすっかりはまってしまい、家にも一本ある桑の木・実でジャムを作ろうと思い立ったんですが並んで立つグミの勢いに押されてなんとも弱々しい枝ぶり。とてもジャムを作るほど実の数(量)がありません。ならばと桑の木に覆いかぶさって枝を伸ばしたわわに実った赤いグミの実でジャムを作ることにしました。先日、凝ればいくらでも凝った作り方があるのでしょうが実はジャムづくりは難しくない、大変なのは材料・実を集める手間という事を感じたばかりだったのですが、これだけまとまって実をつけていれば大丈夫です。

作業は、軸と種を取る手間をはぶくため大鍋で煮だしたものをザルでこして果汁だけにしたものに砂糖を入れて煮詰めるやり方にしました。途中、出来上がりの量をよく考えもせずに盛りのグミをたくさん鍋に入れたものだから水分がすごくてなかなか濃縮しないのでレモン液を加えました。 結局何回かに分けてレモン液を入れてみたもののイメージした粘度にならなかったのですが「火から降ろして冷めるとドロッとしてきますよ」という言葉の通りにしてみました。 割合の問題かもし
れませんが市販品のようにしっかりさせるにはゼラチンの方がいいのかもしれません。 

 ジュースも作ってみました。出来上がったジュースは、ザルで濾したとはいえ少し置いておくとザラっとした果肉が底にたまるほど精製されすぎない分良い意味の雑味成分が残るもの。これはこれでこの蒸し暑い時期にはいいかもしれないなんて思っています。



追伸 ・実は昨年もグミの実でジュースを作りました。その時も、ジュースを作る作業よりも実を枝からもぐ方が大変だった覚えがあります。でも今年は一人ではなく二人で一緒に実を採取することができ全然違いました。 相手がいるってことはこんなにも違うものかと再認識しました。

・残念ながら桑の実の方はジャムを作るほどには生っていなかったのですが、彼女が「これは私の国にもある」と言って熟した黒い桑の実を口に運んだのは私にとっても思わぬ喜びでした。

感謝

2017年7月6日木曜日

生理的にいや と感じられ始めた安倍首相


このたびの東京都都議会議員選挙の結果まず思うのは、誰もが驚く安倍首相率いる自民党の歴史的大敗北(57から過去最低の38議席をさらに下回る23議席に転落)と小池都知事率いる都民ファーストの会の6から55という大躍進というところでしょうか。

因みに 民進党は打つ手が見つからない感じ。(前回選挙当選者は15、今回選挙前に離党者続出で7になり結果5名の当選にとどまる)日本維新の会はひところの勢いがありません、もともとは大阪の地域政党という生い立ちもあるのか地が出てきたというか飽きられたのか1名でした。



安倍首相の率いる自民党の敗因は、実感として生活が全然よくならないのに秘密保護法・集団的自衛権・武器輸出そこへあまりにも強引なこのたびの共謀罪法案の通し方。まともに対応せず逃げ回るばかりの森友・加計学園問題。稲田防衛相の問題発言・豊田議員のパワハラ発覚と来て支持率の低下・不支持率の上昇という事態になりました。

 数に任せての強引な国会運営。敵と味方とに分けて私的関係・利害関係優先。朝令暮改、軽い言葉 自分に都合のいいように言う事を変える・ルールを変える。反対・異を唱える者に対してはもちろん質問されることに対してさえも感情的になり、真摯な態度で理を尽くし言葉を尽くすという対応をしませんでした。その結果が支持率の低下・不支持率の高まりにつながり歴史的敗北に結び付いたわけです。

 これは取り返せないパターンだと思います。言葉で・理で不支持になったのではなく“生理的に”安倍首相をイヤになったというのは、説明や話以前のことですからもうどうしようもないと思います。



質問に答えるどころか質問・話自体聴かない。資料(記録)は失くした 存在しない 覚えていないと、真摯に聴かずもちろん答えない。示された資料・証拠に対しても“怪文書”と決めつけて調べもしないで否定する。のらりくらり ちゃんと取り合わない、見下し馬鹿にする態度で返す。反対の声が高まると高圧的に強引に押し通す。 これでは、言っても無駄となり嫌いにもなるというものです。自業自得とはいえ、安倍さんはまずい領域に踏み込んでしまったと思います。



ところで、このたび大きく当選者を出した小池東京都知事引き入る都民ファーストの会。具体的に何を目標とし何をしようとしているのかがいまだに具体的に伝わってこないし、報道・インタビューの時の小池さんの様子を見ていると多分に安倍首相と同じ匂いがします、これからどうなっていくのでしょうか。

2017年6月26日月曜日

確実に変わってきている沖縄の情勢


今回大田さんの活動を時系列に振り返って気づくことがありました。

大田さんは第2次世界大戦・沖縄戦末期に鉄血勤皇隊に召集され同期125名の内約4分の3を亡くしながらも生き伸びて、戦後は沖縄の戦いの記録発掘(有名な“白旗の少女”も大田さんが戦後在米中発見したもの)に尽力し米軍基地問題に取り組み、県知事だった1995年には米軍基地用地の強制使用に関して代理署名を拒否するという対応もした人でした。 代理署名拒否のことはニュースでも大きく取り上げられ、そんな選択・対応もあったのかと遠く離れた地にいた私も勇気ある行為に感動したものです。

この代理署名拒否以外にも無名の市井の人達による弛まない尊敬すべき行為が日々途切れることなくあった事は想像に難くありませんが、ここではそんな私でも知りえた勇気ある行為を二つ紹介します。

その時を記録した写真をこの目で見ましたけれど、一つ目は第2次世界大戦後アメリカ軍占領下1952年の第一回立法院議員選挙で議員となった瀬長亀次郎さんがアメリカ統治下の琉球政府創立記念式典での宣誓を拒否しほかのみんなが立ち上がっている中ただ一人椅子に着席したままだったという事件。 もう一つは3年前新潟で行われた集会で本人の口から直接話を聴く機会に恵まれた、アンガー琉球列島米民政府高等弁務官の就任式(1966年=昭和41年)で「あなたが最後の琉球列島米民政府高等弁務官でありますように」と祈った平良修牧師の話。

のどれをとってもたやすくできることではありません。それを承知のうえでその後の今の沖縄・辺野古新基地建設に関する動きをみると、地元沖縄の人たちが知事選で国政選挙で何度も新基地建設反対の意思表示をしているのに安倍政権・国は中身の伴わない「丁寧に説明し理解してもらう」を繰り返すばかりで沖縄人の気持ちを聞こうせずこの春には埋め立て作業を強行してしまいました。 わたしなんかは「こんなに反対しているのに…」という思いが全くないと言ったら嘘になります。



ところで、沖縄には個々の勇気ある行動の他に、保守も革新もない“島ぐるみ闘争”という歴史・経験があります。日米講和条約(1952年発効)後に“銃剣とブルドーザー”で基地用地接収が図られたのに対して繰り広げられた保守革新を問わない運動のことです。 その時は切り崩しにより一度志半ばという形になってしまったのですが、1995年(9月)の米兵による少女暴行事件(95年9月)後開催された県民大会。その後も幾度も開催され(つまり基地があることによる事件が繰り返されたという事!)た県民大会が、今の“オール沖縄”運動につながっている歴史があるわけです。

激しさを増し一見厳しい状況のようにも見えますが沖縄の団結は確実に強固なものになってきているというわけです。情勢は確実に変わってきています、自分の方からあきらめなければ終わりではありません。

2017年6月21日水曜日

大田昌秀さんが亡くなりました


大田昌秀さんが亡くなりました。(2017612日) 

大田さんというと1990年から98年まで、28年沖縄県知事を務め、その任期中に軍用地代理署名拒否(駐留軍用地特別措置法に基づきアメリカ軍基地用地使用及び収容に土地所有者が応じない場合に知事が代理で使用に応じる書類に署名捺印するという行為)。米軍人による少女暴行事件(19959月)、県民総決起大会が印象に残っています。

 

沖縄戦末期・19453月、鉄血勤皇隊に徴集され同隊の半数以上をなくし自身も九死に一生 軍・日本の沖縄に対する振る舞いを身を持って体験し、知事になってからも一貫して反軍反戦反基地の考えを貫き平和を求め沖縄の人たちの立場に立って行動した人でした。



それに加えて亡くなられたことを報じる記事の中に、“平和の礎”を建立(1995年)したとあるではありませんか。 平和の礎と言えば一回目の沖縄行きで訪問がかなわず非常に心のこりだったところの一つ。 改めて大田さんの成したことの数々を振り返りました。(すごく有名な“白旗の少女”の写真を世に出したのもその一つ) 

ご冥福をお祈りします。

2017年6月19日月曜日

桑の実ジャム 2/2




・注意するのは、とにかく焦がさないこと。一度焦げた臭い・味はどうにもならないそうです

・灰汁取り  当日は桑の実ジャムのほかに講師の方の家で取れたという小粒のイチゴのジャムも作りましたが、こちらは水気も多く灰汁も出ましたのでお玉で灰汁をすくい取りました。桑の実ジャムのほうは量がイチゴより少なかったからか水気の出方がもともと少ない材料なのか灰汁を取る手間は必要ありませんでした。 材料によって、状況に応じてという事なのでしょうか。 灰汁も味というか、個性 特徴なのでわざと取りきらないという事にもするようです。

・レモン汁 は入れなくてもいい。 ジャム作りにはレモンを入れるものだとばかっり思い込んでいたら、甘味を強めるための酸味という使い方もあるそうですが固めるために入れるんだそうです。レモンに限らず柑橘類全般使えるそうです。より固めにしたい場合はゼラチンを使う手もあるそうです。

・水気を加えずに火にかけても大丈夫。 材料から水分が出てくるから改めて水は加えなくて大丈夫。 一度ミキサーにかけてから鍋にかけるようなもの、たとえばニンジンジャムを作る時ミキサーが回りやすくするためその段階で少し水気を加えることはあるそうです。



出来上がった少し赤みを帯びている黒い果肉の桑の実ジャムの、赤っぽく染まった細かい種は口に運んでも気になりません。 味は甘味の中に青みを感じるような味。食感的には市販の物に感じるゼリーそれも少し硬めのゼリーのようなものとは違う食感。鍋 火にかけていた時の汁気は 火からおろし冷めると汁気が消えて桑の実そのものを口に運ぶような感じ。



この講座を終えて感じたのは

・ジャム作りは決して難しいものではない。

確かにこの日のジャム作り、これまで私が持っていたイメージに比べるとはるかに手軽。 

・大変だと思ったのは、とにかくジャムの材料集め、白いものはもちろん赤いものもまだ早いんだそうで黒く熟した桑の実を集めることでした。 この日のジャム作りに向けて、主催者の人がこまめに採取して冷凍しておいてくれた桑の実があったのでどうにか形になりましたけど。 なんでも今年はいつもの年より黒く熟すのが遅いとのことでした。



昔々の“狩猟採取”生活、木の実などを採取してくる生活(手間)は大変だっただろうなぁと痛感しました。

桑の実ジャム 1/2





この日の作り方は



























・深型ではなく水気が早く飛ぶように底の平たい開口部の大きい鍋と木べらを用意。
鍋はホーローでも銅でもガラスでなくても可。この日もう一種類、イチゴジャムを作る時はごく普通に家庭で見かける持ち手が両方についたアルマイト加工のされたアルミ鍋を使いました。
・採集した桑の実は塩水で汚れを洗い流した後軸を取り除く。軸ははさみで切りとるのが簡単。手で取ろうとすると実をつぶしてしまう。
・火は強火。この日は3,100KCというシールの張られたカセットコンロを使いましたがもっと強い火でもいいんだそうです。 
・鍋に材料を入れ焦げ付かないよう休みなく木べらでかき混ぜているとみるみる水気が出てくる。
強火の火にかけた鍋に水を入れず材料だけを入れるというのは少し不安にもなりましたけどそんな心配は杞憂に終わりました。
・水気が出 材料の形が崩れてきたら材料の重さの30%を目安に砂糖を入れる。
 砂糖は材料の熟し具合、甘さの具合、好みで調節。日持ちさせるには砂糖を多めに。
使う砂糖は、この日は白砂糖でしたが、グラニュー糖が一番きれいにできるとの由。
・砂糖を加えた後は、それまで以上に焦げ付きやすくなるので注意が必要。
・さらにかき回していると木べらの抵抗が増してくる。砂糖を加えたからなのでしょう、木べらを持ち上げてみると糸を引きます。 その状態で完成。